「校門へぴょんぴょん跳ねるランドセル」の批評
回答者 独楽
再訪です。
イサクさんご指摘の下記の点が核心に触れているかと、納得です。
”ランドセルは季語としての力がない(なくなった)と判断される。”
よくよく考えてみればランドセルそのものが消える可能性も無いとは言えないですね。
余談ですがネットの信頼性については、恐る恐る、少なくとも複数サイトを試みることは必須ですね。
以上反省の意も込めて、宜しくお願いします。
点数: 2
添削のお礼として、独楽さんの俳句の感想を書いてください >>
作者 もんこ 投稿日
回答者 独楽
再訪です。
イサクさんご指摘の下記の点が核心に触れているかと、納得です。
”ランドセルは季語としての力がない(なくなった)と判断される。”
よくよく考えてみればランドセルそのものが消える可能性も無いとは言えないですね。
余談ですがネットの信頼性については、恐る恐る、少なくとも複数サイトを試みることは必須ですね。
以上反省の意も込めて、宜しくお願いします。
点数: 2
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回答者 イサク
横から失礼します。
わたしの場合ですが、季語については、基本的にはインターネットで誰かが「季語」と言っていても、知らない季語は自分で歳時記
を調べるようにしています。
インターネットには勘違いや思い込み、無責任に「季語となるでしょう」みたいな書き込みが多数あるようです。
句を作る側としては、自分で調べもしないでその人たちのせいにもできませんし。
唯一「きごさい」という歳時記のサイトについて、監修とは言わないまでも数名の俳人が見ている様子があるので、手元に歳時記がないときの参考として使っています。
ただ基本はずっと、監修者(=責任者)のある本の歳時記と、解説文・例句です。
点数: 4
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回答者 かこ
こんにちは
映像が浮かびます。
良い句だと思います。
ただ、今見たところではランドセルは季語ではないので、
校門へを新入生か一年生に変えた方が良いのではないかと思います。
新入生ぴょんぴょん跳ねるランドセル
点数: 2
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回答者 かこ
おはようございます😃
ランドセル季語の事ですが、きごさいと手持ちの歳時記
に載っていなかったので無いと判断してしまいました。ごめんなさい。
季語は増えるので、一つでも載っている歳時記が有れば季語とみなしたら良いと思っています。
点数: 2
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回答者 イサク
すいません。ネット記事について、どうしてもひとこと。
(もんな様への意見ではありません。が、一連の流れがこちらの句にコメントされているので・・コメント欄を使ってすみません)
こま爺様からも話題になっている「なるほどバンク」というブログ。
「ランドセルが季語」と断言されていますが、この「季語である」という根拠の出展が全く明記されていません。こういうネット記事を鵜呑みにするのは非常に危険です。
また、このブログには、
【季語ですが、実は公式に季語に認定をする協会などはありません。
ですので、その情景が連想されるものでありましたら季語として使ってOKです。】
という、俳句初心者には非常にあやうい一文が掲載されています。
最終的には、作者が季語と信じて使えば季語(でなければ新たな季語が生まれないので)とは私も思いますが、この一文はちょっと・・
ランドセルも、この流れで「季語である」と自分で決めてしまっている可能性があるのではないかと疑う一因になっています。
また、季語である「メダカ」や「マグロ」がカタカナで紹介されています。
この記事を書いた方は「俳句のことをあまり存じない方」であろうと想像できます。そもそも無記名記事ですしね・・
という「こういうサイトの記事を鵜吞みにするのは危険である」という一意見です。
これは、「ランドセルは季語である」と断定する方に対して、それを否定するものではありません。
が、少なくとも私の調べた範囲の歳時記(小歳時記~大歳時記)には「ランドセル」は掲載されていません。
また、仮にランドセルが「過去には歳時記に掲載されていた」としても、最近の歳時記に季語として掲載されていないということは【季語としての力がない(なくなった)と判断された】と言いかえることもできるかと思います。
おせっかいかと思いましたが、いちおう、私の考えとしてお伝えしておきます。
点数: 2
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回答者 独楽
旨い句ですね。自分の記憶としてもよみがえります。
「先生おはよう」!
季語について。
ネットに「なるほどバンク」というブログが季語の歴史を分かりやすく紹介していますね。季語は明治時代に季語として扱われるようになったとのこと。
それとは別に、ランドセルの俳句例を調べると、季重なり、すなわちランドセルを季語とは見なさないのかな、という句もありますね。
結論は、俳句も含め時代は変遷、季語も変わる、ランドセルは季語。
点数: 1
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優れた添削・批評は日本俳句研究会の記事として、転載、引用させていただく場合がございます。ご了承ください。
まだ体の小さい一年生、校門へ向かって走る姿は、まるでランドセルだけが走っているようだ。
イメージは赤いランドセルです。
宜しくお願い致します。