「盲目の父の俳諧春の夢」の批評
回答者 イサク
こんばんは。
コメントを読めばおっしゃりたいことはわかるのですが、この句は「春の夢」が季語ではなく比喩として使われていそうです・・とはいえこの内容を添削
する技量は私にはありません。
ひとつ言えるのは季語「春の夢」=春の眠りにみる夢で、春である必要性を出すのがめちゃめちゃ難しい季語だということです。
点数: 1
添削のお礼として、イサクさんの俳句の感想を書いてください >>
作者 めでかや 投稿日
回答者 イサク
こんばんは。
コメントを読めばおっしゃりたいことはわかるのですが、この句は「春の夢」が季語ではなく比喩として使われていそうです・・とはいえこの内容を添削
する技量は私にはありません。
ひとつ言えるのは季語「春の夢」=春の眠りにみる夢で、春である必要性を出すのがめちゃめちゃ難しい季語だということです。
点数: 1
添削のお礼として、イサクさんの俳句の感想を書いてください >>
優れた添削・批評は日本俳句研究会の記事として、転載、引用させていただく場合がございます。ご了承ください。
私が俳句に興味を持ったのはプレバトですが、実際に詠んでみようと思ったのは父の影響が大きいのです。父は緑内障で現在は盲目です、そして唯一の趣味が俳句。失明する前に記憶した歳時記とこれまでに見てきた景色を頼りに詠んでいるのです。
弱気な時は自死も考えるようですが、俳句の話をするときはとても嬉しそうな顔をするのです。
しかし最近少々俳句を学んでから思う事は実景に勝るものは無し・・・昔を想い出して詠む句からは強烈なインパクトを感じません、春の夢の様に・・・。この句からも鮮明な景は浮かびませんね。
実父のことなので許されると思って詠んでみましたが、父は自分のことを詠んだことはありません。宜しぃお願いいたしますm(__)m。