「寒波来ぬ戦車大隊来し橋に」の批評
回答者 かぬまっこ
今晩は(*^^*)
私の草の花の句にコメントありがとうございます。
「やすらぎ」が、「うれしい」「たのしい」に近い感情の直接表現になっていると見えます。
納得しました。
感情ではなく物や安らぎのシーン
を詠むのですね。うっかり忘れてました。
ありがとうございます(*^^*)
御句ですが時事句でしょうか。
戦争はもう止めてほしいです。
点数: 0
添削のお礼として、かぬまっこさんの俳句の感想を書いてください >>
作者 長谷機械児 投稿日
回答者 かぬまっこ
今晩は(*^^*)
私の草の花の句にコメントありがとうございます。
「やすらぎ」が、「うれしい」「たのしい」に近い感情の直接表現になっていると見えます。
納得しました。
感情ではなく物や安らぎのシーン
を詠むのですね。うっかり忘れてました。
ありがとうございます(*^^*)
御句ですが時事句でしょうか。
戦争はもう止めてほしいです。
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回答者 イサク
こんばんは。
岩波世界と伝統俳句、おめでとうございます。
N俳を含む俳句雑誌は自分では追いかけられてませんが、チェックしてる方々からしばしば名前を聞いてます。
さてこの句。急拵えというだけあって、長谷様にしてはいろいろ緩い句なので、何を言ったらいいか迷います。
いちばん気になったのは、季語に「来ぬ」の動詞と、下五の「に」のせいもあり、叙述の散文を倒置しているだけ、という風に見えることですね。
切れを入れたり、助詞を変えたり
後半の「来し」を変えて取り合わせにするなど、何かできそうな気はします。
・大寒波戦車大隊来し橋へ
・寒波来ぬ戦車大隊征きし頃
点数: 1
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回答者 独楽爺
ジャズラジオの句の「改作」ありがとうございます。
さて、私事ですが、最近になって、俳句は一人称あるいは自分の感情や思いを詠むものと理解できるようになりました。その観点から、御句について意見を述べさせていただきます。
まず、句意は、寒波が来ず戦車大隊が橋を渡るのを許したというシナリオと推察します。私としては、これに、例えばロシアのウクライナ侵攻に対するように、「残念」という自分の思いを込めたい、そこで浮かんだのは「かな」の使用です。期待したのに来なかった寒波に対する怨みを込めました。
これは、改作でも推敲でもありません。あくまで提案です。
ご参考になれば幸いです。
点数: 0
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優れた添削・批評は日本俳句研究会の記事として、転載、引用させていただく場合がございます。ご了承ください。
おウチde俳句の写真題「凍てつく大河」にフリーライドして作句(有料会員でないので「作ったところで…」ではある)。
雪に覆われた大河を渡る重厚な鉄の橋の写真。対岸の黄色(金色?)の丸屋根の建物や、橋の真ん中を通っている電線(トラム?)から、日本でなくて、東ヨーロッパの方ではないかな、と思う。
これまでに唯一行ったことのある私的海外旅行の旅行先がポーランドで、そこでツアーガイドから聞いた「文化科学宮殿」のジョーク(“ワルシャワは、この建物の屋上から見る景色が一番美しい。だって、この建物を見なくて済むのだから”)を思い出す。この橋も、近現代の戦争や“アンシャン・レジーム”の記憶とリンクしていたりするのではないかなあ、という想像。
俳句生活の「草の花」は、掲載漏れだか全没だかよくわからない状態(五十音順で「つ」以降の俳号が人選に一人も見えない不自然さから、何か間違いがあるようには見えるが…。ちゃんと結果が判明していれば、没句/選外句を此処に出すつもりでいたのだけれど)。俳句道場の「手袋」は、1句出しの佳作で没句なし。伊丹一句7月・8月の没句は季節はずれに過ぎるし…(ちなみに、9月は、前の結果発表がやたら遅れたときに嫌になって投句をやめたから無し。「8月下旬頃」の予定から何の音沙汰も無いままに翌月上旬も半ばを過ぎた9/6に「やめた」と決めた)。
…ということで、急ごしらえの投稿句でした。