「水澄みて河童をさがす子どもかな」の批評
回答者 なお
岩住涼太さん、こんにちは。
御句拝読しました。スタンドバイミーみたいな句ですねー、楽しそう!
しかし、野暮なことを申し上げます。野暮でないことはいるかさんがおっしゃっているので。
なんだか御句ですと、河童って、すごく小さいもののようです。怒らないでくださいね、ザリガニみたい。
私らの頃は、河童は、濁った澱みの中にいて、姿が見えないので流れに近づくとガバッと出てきて脚を引っ張り川底に連れていかれるような存在でした。そんなに大男ではないけど、子どもの背くらいはありました(想像ですが)。
まあ、でもこれは、コメントを読んでの疑問ですので、俳句に戻りましょう。
水が澄むと、河童はいるかいないか川岸からもわかるくらいだと思いますが、そういう無粋なことはもうやめて、提案句を置かせていただきます。
・秋澄みて川辺に河童さがす子ら
うーむ、川辺と河童に重複感があるかなぁ。「秋澄みて川辺」、なら「水澄みて」でいいのかなぁ。
迷い始めたので、これで失礼します。すみませんm(_ _)m。
点数: 1
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おはようございます。
前句「禿鷲や」へのたくさんのコメントありがとうございました。とても勉強になりました。
本句は小学生の時の思い出を詠んだものです。あの日、家の近くの川に行って、河童を求めながら石をひっくり返したり、ゴーゴルをかけて水中で探したりしていました。
ご意見をよろしくお願いします。