「末枯や年輪重ぬる顔に指」の批評
回答者 げばげば
こんにちは。
いつも勉強させていただいています。
御句。年輪を重ねるという説明を具体的にしたいという佐渡じいさんの意見がよくわかります。「皸」「罅」などが季語なので難しい使い方にはなりますが、それもありですよね。下五「に」は顔に指をやってるように見えるので「と」ですかね。
末枯、というのが、若干比喩的に見えて、自分の老いを末枯とたとえているのかなあと思ってしまうところもあります。自分の老いを末枯にもっていこうという狙いが見えて若干直接的で近いのかもしれません。
自分の境遇のことを詠まずに光景を描写しているだけなのに、でも、自分の人生を投影させているのかもと思わせる例句もありますので、いくつかおいていきます。
末枯や吹き消すやうに日の翳り/岡本眸
末枯というふほころびを掬ひけり/柴田いさを
末枯にあらん限りの夕日かな/岡淑子
点数: 1
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まだまだ若造ですがやはり顔の皺や厚く乾きひび割れのある指をみて歳を感じ始めています
歳をとる、ということは悪いことばかりではないので、一概に末枯というのもどうかとは思いましたが、、
なんにせよ良い歳の取り方をしたいものです
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