「人恋ふる豆を蒔けやと閑古鳥」の批評
回答者 イサク
おはようございます。
◆上五「人恋ふる」が何のことだかわかりませんでした。
この上五の表現自体を変えた方がいいと先に言っておきます。以下推察。
1.作者自身が「人恋ふる」の意味の場合
句の要素が多すぎてわけがわからない感じです。
2.「人恋ふる豆」と繋がっている場合
「人恋ふる豆」とは何でしょうか?
豆が人に恋している?というのはありえないとして、
人が恋する豆?コーヒーの歌でそんな歌詞がありましたっけ?
3.「人恋ふる閑古鳥」と繋がっている場合
受け手に理解させるには上五下五で離れているのはマイナスですし、「人恋ふる閑古鳥」とはどんな状態の擬人法なのか?想像するのが難しいですね。
人に馴れているということ?
「豆を蒔けや」で閑古鳥を人に見立てようとしているのはわかりますので、これが正しいかな?
4.上記以外の物が「人恋ふる」場合
句からわかるわけないので、この可能性は考えないことにします。
◆句の全体が擬人法で、それが生きていません。
独特の表現をしたいのはわかりますが、もう少し他人からに見て理解できるように、客観的に構成を変えるのが望ましいと思います。
コメントから「青空」拝借。
・青空や豆を蒔けよと閑古鳥
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この時期になると必ず出逢える光景です。晴れ渡った青空のもと鳴き声に元気が出ます。