「朝露が微笑み薔薇がひとつ咲く」の批評
こんにちは。
いつも勉強させていただいています。
御句、そんなアニソンがあるんですね。朝露への擬人化が強い、朝露秋の季語
、などいろいろあるのはあるので、解消は必要かもですね。
うーむ。難しいですよねー、連想力の強い季語になると、2か月後のポスト月曜はあるあるで並ぶでしょうねー。
私が夏井先生
のところに投句するときも、最初は類想もふくめたものを一気に句材としては列挙します。そこでオリジナリティな句材が見つかればいいのですが、そうでないときは、そこからそれをもっと細部へ細部へ行って類想から逃れていく場合と、もっと虚の詩にしていく場合の2パターンがわりと多いです。
先日「雛祭」で選評いただいた句は、最初は男性としての雛祭のお呼ばれが頭に浮かんだ時点では「あるあるの類想」でした。そこから、女性の祭りへの憧憬の目線と男性の疎外感から、「羊羹のぶあつさ」と「雛の髪のきれいさ」の対にまでズームアップさせていった感じです。私的には男性目線の憧憬でしたが、女性のフォロワーさんからは、女性としては、「あっちの家の羊羹ぶあついな、雛の髪のきれいなあ」という妬みと読んだと言われました、勝手に句意がふくらんで結果オーライです。
9月の「蓑虫」で選評いただいた句も、最初は蓑虫と殻に閉じこもってる思春期少年という時点では「よくあるあるの類想」でした。そこから、部活に行けない理由を「みのむしに好かれたから」と虚の理由にして、みのむしに好かれそうな憂う少年そのくせ軽やかに大胆な言い訳をする少年像にしてみようというところで類想から逃れた感じです。
薔薇においては、連想の類句は満載だと思います。そこからどこまで細部にクルーズアップするか、または嘘の詩によって逆にリアリティを増すかの2アプローチかもしれません。この辺りの匙加減をこの道場でよく試したりしながらみなさんにご意見聞いています。佳句となるかよくわからんとなるかのバランスっていつも難しいので、わからんっってよく言われますけどね~(^^♪
今回の百千鳥も、青空と鳴き声というありきたりな光景でしかありません。それを「百千鳥の声って1000Hzの碧色なんだ」と嘘をついてみようという。まあ、これは火曜なのでそのバランスや目新しさは△なのでしょう、というか映像が届いたところで鳴き声と青空しかないのが光景としては乏しいのかも。
たーとるさんはここでの投句見てると、そもそも句材の時点でいろんな引きだしがありそうだなあと見ていて思いますー。
ながながと、今回の拙句の自戒まですいません、釈迦に説法ですが、一応げば的アプローチでした、薔薇も現在絶賛類想中です、夏井先生の愛ある苦言が月曜にあったので、もっと季語に向き合ってみます<(_ _)>
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某俳句投稿サイトへの没句。理由はとあるアニメソングそのまますぎるから。
……薔薇ってかなり難しいお題ではないか?考えれば考えるほど「なんかこの句良くありそうよな…」という悩みに陥ってしまう。脱却の仕方があれば教えていただけないだろうか。