「帰路は袖捲り花吹雪舞う」の批評
回答者 なお
藤間駿さん、こんにちは。初めまして。
御句拝読しました。入学式の日の思い出の句ですね。
俳句はある状態の描写をする文芸と言われています。基本的に、何かの動きを伝えるものではないようです。
ということは、動詞はないことが望ましく、あっても出来れば一つにしたほうがいいようです。やむなく二つになる場合は、主語が同じであればいいのですが、主語が異なると、たった十七音の中で二つの主体が異なった動きをするわけで、ややこしく混み入った句になりがちです。
御句を見てみましょう。「作者が袖を捲る」と「花吹雪が舞う」と、主語が違う動詞が二つ並んでおり、しかも腕まくりと花吹雪の間につながりが見られないことから、でこぼこしている割にちょっと何を言っているのだかわかりにくい句になっていますね。
どうしたらいいかというと、こういう場合はどちらかに絞るというのがいいみたいです。
まず袖捲りですが、
・入学式帰りは袖を捲り上げ
・入学式袖捲りする帰り道
堅苦しい式が終わってホッとした気持ちが表れていませんか?
次に花吹雪ですが、
・式終へて一人の帰路に花吹雪
・式終へて帰路の母子に花吹雪
今回は式に拘りましたが、何の帰りでもいいと思います。
どうしても一緒にということであれば、上でも出しましたように、「花吹雪舞う」とせずに単に「花吹雪」とすればいいです。
・袖捲りして帰る道花吹雪
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私服登校が可能な学校に入学して入学式の日、朝家を出る時少し肌寒かったので厚着して行きましたが、もろもろ式や説明が終わって帰る午後は、日差しもあいまって暖かく厚手の服の袖を捲って帰りました。こういう季節に葉桜になりかけの桜の木からはらはらと落ちる花吹雪が好きで、時間に余裕がありゆっくり帰る帰り道に花吹雪を楽しんでいたことを思い出して書きました。