心淋し街の明かりや年の暮
作者 翔子 投稿日
コメント(俳句の意味。悩みどころ)
最新の添削
添削一覧 点数の高い順に並んでいます。
「心淋し街の明かりや年の暮」の批評
回答者 げばげば
こんにちは。
いつも勉強させていただいています。
楽しい句会で何よりでしたね。先生に選ばれた句ということで。私は学芸会がかなり好き派です。
本句。「心淋し/街の明かりや/年の暮」と切れる感じがするからかもしれません。
主観で攻めるなら
物憂げな街の明かりや年の暮
こういうのはどうでしょうかね。
行く年や街の明かりはうらさびし
点数: 1
添削のお礼として、げばげばさんの俳句の感想を書いてください >>
「心淋し街の明かりや年の暮」の批評
回答者 なお
こんにちは。明子様、いつもお世話になってます。
御句拝読しました。句会の先生に選ばれたとのこと、よかったですね。私はげばさんと同じで学芸会の句が好きですが、お題が違うのですね。本句のお題は「街」とのこと。
私は、年の暮れの街の明かりは、一年中で一番賑やかではないかと思うのですよ。
それなのに「心淋し」とおっしゃるとは、何かあるのですかと読み手は不思議に思うでしょう。
私たちはなんとなくわかりますが、一般の方々に見てもらう時に、そこまで想像に任せるのはちょっと難しいのではと思うのです。
ですから、年の暮れの街の明かりを寂しいと思う背景を入れたいと思いました。
そうすると自然に「心淋し」というダイレクトな表現をしなくてもよくなると思いました。
一例として、次のようなのが思い浮かびました。
・独り居の街の明かりや年の暮
・みな帰省街の明かりや年の暮
・疎らなる街の明かりや年の暮
点数: 1
添削のお礼として、なおさんの俳句の感想を書いてください >>
その他の添削依頼
優れた添削・批評は日本俳句研究会の記事として、転載、引用させていただく場合がございます。ご了承ください。
俳句教室の先生が選んでくれた句です。心淋し(うらさびし)を裏寂しとして直されはしましたが😅