「湯豆腐に喉鳴る至り手酌酒」の批評
回答者 なお
よしたさん、こんにちは。御句の感想と提案句を置かせていただきます。
御句、初読では「至り手」と読めて、何だろう?と。
でもその後が「酌酒」となってしまうので、ああそうか。手酌酒か、と。
でもそうなると余計に「至り」って何?と疑問が募りました。その点は皆さんと同じです。
まあ、恐らく、「そこに思いが至り」ということだと思いますが、それであればイサクさんのおっしゃるように助詞は必要ですし、というか、そもそもこの措辞そのものが必要ないのでは。
「喉が鳴る」につきましても、ご自身でも酒を飲む音か、鍋が美味しそうで唾を飲む音か明確でない様子。両方にかけるのは難しいです。
提案句は他の方々からすでにいいものが出ていますが、一応私も。
・湯豆腐の煮えるを待つや手酌酒
点数: 1
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鍋の季節
酒好きの戯言と御許しを…
皆で相酌しながら呑む酒も美味
皆でつつく鍋も美味
しかし
湯豆腐は煮立たせないように
気遣いつつ、昆布、葱、白菜の煮え具合
鱈の出汁の旨味を引き出し見つつ
(無しのシンプルもよきです)
仕上げに豆腐を加えるタイミング。
これらは独り、鍋と向き合わねば
なしえない仕掛けではないでしょうか…
その仕上がりを待つあいだの手酌酒。
この「間」すらお酒のあてかつまなのか
喉が鳴るのは鍋待つゴクリか酒なのか
もう、明日は湯豆腐に手酌酒をしてしまいます。。。
手酌酒か独り酒で悩みました。。。
そこではない?! 失礼いたしました。