「茄子の馬行きも帰りも地獄郷」の批評
回答者 長谷機械児
三月幸暁 さん、はじめまして。
御句、拝読しました。
・二通りの読み方があります。「あっちの世界も辛いかもしれないが、こっちもこっちで大変よ」という、「地獄郷」が2つの世界を指しているという読みで合っているでしょうか(そうすると、あっちの「地獄郷」は比喩ではなくて、ご先祖は、あっちの世界で地獄行き確定の扱いになりますが、それでOKなんでしょうか?)
・それとも、迎えられる道中も、送られる道中も、ずっとこっちの世界の地獄郷ぶりをご先祖に見せていた、ということでしょうか(盆の間に世界が一変して理想郷に、なんてことはまずないので、「行きも帰りも」と言ってみても、ごく当たり前のことになります)
・季語「茄子の馬」は「茄子の牛」「瓜の馬」「瓜の牛」といろいろあるようです。迎えるときは馬で早く迎え、送るときは牛でゆっくり帰っていただくものというのが歳時記の記載するところで、地域性はあるでしょうが、行きも帰りも馬に委ねるのは盆の行事としては一般的でないかも、と思うところがあります。
最初の読み(あっちもこっちも大変。不謹慎さもそのまま)で、季語「茄子の馬」を残し、迎える片道として以下のような句にしてみました。
地獄から地獄郷へと茄子の馬
今後ともよろしくお願いします。
点数: 2
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歌の歌詞でみた「地獄郷」という表現を使いたかった句です。理想郷(ユートピア)の対義語、ディストピアを日本語に落とした形なんでしょうかね。拙句では読みは「じごくきょう」です。
今年東京では8月20日に新型コロナウイルス新規感染者数がピークを迎えたらしく、お盆の時期は数が増え続けていました。近年の暑さも相まって地獄みたいだな、と。
「地獄の窯の蓋が開く」ことで地獄から帰る故人を送り迎えする精霊馬を主役においてみました。