俳句添削道場(投句と批評)

平果さんの添削最新の投稿順の7ページ目

寒砂丘病みし夫負ひたもとほり

回答者 平果

添削した俳句: 病夫背におい砂丘行く友冬入り陽

病院仲間との御旅行は、病魔に対して奮闘された御褒美のようなものであったのでしょうか。共に癒えたことの喜びは、独りで感じるものと比べて幾層倍も深かったでしょうね。そんな深い共感を持ち合える仲間と眺める、何処までも広がる砂丘の印象は生涯忘れ得ないものになるでしょうし、その中のお一方がいまだ病身の旦那様を背負われて同行する様は、それ以上に心を打つものはなかなか無いと思われます。

句に盛り込みたい要素はたくさんあります。
①砂丘に在るということ
②病院仲間との旅行であること
③友達がいま病身の旦那様を背負っていること
④冬の入日の時間帯であること

この全てを盛り込むことは私の技量では難しいので、①③に絞ることにしてみました。①砂丘であることは絶対に外せません。③があれば②は連想がつくかもしれませんし、より重要なのは③の姿だと思いました。④も入日時に共に眺めた砂丘の印象を残したくはあったのですが、音数の限りがあるので、他の季語を探すことにしました。というのも、「どうにか砂丘を季語として詠み込めないだろうか」と考えたのです。インターネットの力を借りて探してみると、良さそうなものがありました。

一条の轍がつづく寒砂丘/島村正
空林に投網捨て積み寒砂丘/加藤耕子
風紋が生きて居るなり寒砂丘/池谷/修
https://www.haiku-kigo-ichiran.net/ku2845/

この「寒砂丘」を用いれば、季語で砂丘を言い表すことができます。五音なので上五にも下五にも使えそうです。

中七は「病みし夫負ひ」として、最も印象的な姿を詠みました。「夫」は「つま」と読ませれば七音です。

さて、残りの五音をどうするか。病院仲間の友達が行為の主体(つまり、旦那様を背負っているのは友達)ということを五音で詠むのは難しそうです。ここでふと昔目にした句が浮かんできました。

探梅やみささぎどころたもとほり  阿波野青畝

「たもとほり」という言葉は「同じところを行ったり来たりする。さまよう。」或いは「回り道をする。遠回りをする」という意味です。病身の旦那様を背負ったまま、ゆっくりと砂丘を歩き回る様は、この句の心に合っているのではないかと考えました。

貴句にあった「友」も「陽」も省いてしまった上に、「寒」の字も入れてしまったので、寒々とした印象が強まったかもしれません。そこは「たもとほり」の持つ、仄かな温かみに頼る他なさそうです。僅かでも御参考になれば幸甚です。

点数: 1

「黒猫の雪に足跡真白かな」の批評

回答者 平果

添削した俳句: 黒猫の雪に足跡真白かな

真っ白な雪に黒猫が残す足跡は果たして何色なのだろうか? 黒猫であるにも拘わらず、それは真っ白な足跡であったよ。このような気付きは面白いものだと思います。

しかし、上記の答に当たる部分「それは真っ白な足跡であったよ」まで述べてしまうと、他の方々が御指摘なさる通り、「雪」と「白」のイメージがダブってしまい、もったいない印象を受けます。なので、答えを省略するのも一つの手ではないでしょうか。あんまり上手く作れませんでしたが、三句。

雪明り足跡残す黒き猫
黒猫はしつかと踏めり夜の雪
黒猫の足跡の色深雪なり

また、足跡さえも省いていいのではとも思っています。雪という大きな景と黒猫という小さな対象は、それだけで句になるように感じます。

朝の雪黒猫どこに逃げ行くや
黒猫もしづかに眠る夜の雪
黒猫は雪にまろびて楽しさう

逆に、足跡を活かして黒猫を省いたらどうでしょうか。

足跡の主訪ねて雪明り

これは、猫と雪の衝突も無くなるし、類想句もたくさんありそうだし、イマイチですね。
僅かでも御参考になれば幸甚です。

点数: 1

「冬の波力溜めつつひきにけり」の批評

回答者 平果

添削した俳句: 冬の波力溜めつつひきにけり

寒々とした海に引いては寄せる波には、粛々たる力強さが感じられますね。寄せるために大きく引いた波の一瞬を捉えた佳句だと存じます。「けり」にも、その力強さが表現されていますね。

「回廊の」の句では大変失礼を致しました。貴句を元に自分なりに考えを進めたいと思った結果、原句から離れることになってしまいました。これからは、「手直しした俳句」の欄ではなく、この「コメント」欄に拙句として載せるように致します。

点数: 1

歌留多翔び十三坊主今何処

回答者 平果

添削した俳句: 百人一首の坊主何処へ三ヶ日

百人一首歌留多の句は、景も立ち易く、人の心も投じ易く、私も詠んでみたいと思う季語の一つです。歌留多で遊んでいるうちに坊主札が何処かにいってしまったという状況は、歌留多取りの激しさを想像させると共に、坊主が自分勝手に出奔したかのようなおかしみがありますね。

貴句の「百人一首の」は八音あり、百人一首の札が翔ぶイメージとしては重いと感じたため、季語を「三ヶ日」から「歌留多」に替えて、軽量化を図りました。「翔び」で、札が飛翔する如くに激しい歌留多取りの様子を詠み込み、その激しい歌留多取りが繰り返された結果、十三枚の坊主札が何処かへいってしまったという滑稽味を「今何処」というとぼけた言葉で支えてみました。

歌留多翔び十三坊主散々(ちりぢり)に
歌留多翔び姫も坊主も散々に
歌かるた読めども見えぬ札もあり
蝉丸は行方不明や歌かるた
幾枚は兄の筆なる歌かるた

かなりふざけた詠みぶりになってしまいましたね。
参考になりませんが、一応コメントとして残させていただきます。

点数: 1

「初霜に山は錦のほうかむり」の批評

回答者 平果

添削した俳句: 初霜に山は錦のほうかむり

「山の上にも織る錦」と歌われる通り、色とりどりの紅葉に染まった山の美しさには目を奪われますね。その山の様を「錦」の頬被をしているようだと捉えるのは、面白い表現だと思います。細かい指摘でお気を悪くなさらないでいただきたいのですが、「ほうかむり」ではなく「ほおかむり」ですね。

さて、その「ほおかむり」が冬の季語であって、「初霜」と季重なりになってしまっており、更に、言葉で表現されていませんが、紅葉の景を詠んだものであるという点が、この句の難しいところですね。
「錦のほおかむり」という表現の面白さが貴句の芯だと思いますので、「初霜」を省き、「山は錦のほおかむり」はそのままに、新たな上五を考えたいところ。しかも、その五音に「紅葉」を入れず(入れると秋と冬の季重なり)、紅葉を表現するとなると、冒頭で引いた『紅葉』の歌にかなり寄ってしまうのですが、「赤黄色」くらいしか、私には浮かびません。

赤黄色山は錦のほおかむり

となるわけですが、この句における「ほおかむり」は、実際の手拭い等のことではなく、紅葉の比喩です。季語を比喩として用いて句に据えていいのか。私は勉強不足で分かりません。もし比喩が駄目だとするとなると、この句は諦めなければならなそうです。この点について、御存知の方がいらっしゃれば教えていただきたく存じます。

点数: 1

その他の添削依頼

よく行った夏に終わりし豊島園

作者名 翔子 回答数 : 2

投稿日時:

夏祭り出店を周る君の横

作者名 鰐渕颯 回答数 : 2

投稿日時:

草紅葉かの地も見るかGSOMIA

作者名 いのうえこうじ 回答数 : 2

投稿日時:

添削依頼をする!

「私はロボットではありません」にチェックを入れてください。

▼添削依頼された俳句の検索

▼添削と批評(返信)の検索

ページの先頭へ

俳句添削道場の使い方。お問い合わせ

関連コンテンツ