俳句添削道場(投句と批評)
みつかづさんのランク: 師匠115段 合計点: 462

みつかづさんの俳句添削依頼

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みつかづさんの添削

「梅枝につがう目白や春隣」の批評

添削した俳句: 梅枝につがう目白や春隣

 
こんばんは。貴句、拝読いたしました。
景が魅力的ですよね。

手持ちの『新版 角川季寄せ』を参照して、季語から押さえて参ります。
梅(初春・植物)、目白(三夏・動物)、春隣(晩冬・時候)

単なる季語の羅列ではなく、「季節外れの目白が来ている」事への感動は
十分に伝わってきております。
目白が来た場所としての描写ですので、梅は季語としての機能は弱い。
季節感を決定付けているのは、上五の梅とも相まって下五の春隣。

私めが気になったのは季語ではなく、「梅枝「に」つがう」の措辞による、
2つの誤読の危険性でございます。

①:「つがう(つがふ)」には「対になる」「一体になる」との
意味がございますので、「梅枝と目白が対に、一体になっている」様にも
読める余地がある様に感じました。

②:「梅枝に鳥か何かがつがっていて、東京の目白は春隣なのに既に暖かい」との
感慨との読みも成立してしまい、季節評価として「春隣」が東京的な気候感の詠嘆に
転ぶ余地も有る様に私めは感じました。

①と②が曲解ではなく、語と助詞の選択により、意図しない読みとして
開いてしまっているのでございます。

それを避けるなら、例えば以下でございましょうか。韻律も少し意識して、
枝を「え」と読ませます。

A:梅の枝に番ひの眼白春隣(名詞「つがひ」を用いる方法)
B:梅の枝の番ふ眼白や春隣(詠嘆を残す為に助詞を変える方法)

念の為、意味は殆ど同じですが季語の漢字表記も変えてみました。
A案は詠嘆はやや弱まりますが、意味はより明確になるのではないかと、
私めは考えました。

以上でございます。お目通しいただき、感謝いたします。
 

点数: 0

「着下ろせば糊ぱりぱりや春隣」の批評

添削した俳句: 着下ろせば糊ぱりぱりや春隣

 
こんばんは。貴句拝読いたしました。

独楽さんに私めも同意で、「着下ろしの」がピッタリ合い、
已然形による因果を無くせるのではないかと考えます。
他には、特に手を入れる必要性は構造的に無いと、私めは考えました。

次に拙句、「大棋士の絶えたる後も冬銀河」にコメント、ありがとうございます。 https://weblike-tennsaku.ssl-lolipop.jp/haiku/corrections/view/33269

文語の動詞「召す」には亡くなるとの意味は無いのですが、加藤一二三先生は
キリスト教の洗礼をお受けでしたので、「神様にお呼ばれする」との意味では
ご提案の「名棋士の召さるる先は冬銀河」は良いのではないかと私めは考えました。
ただ、「お亡くなりになって先生のお声が聞こえなくなった後も、棒銀戦法が
廃れる事は無い」と含意させる意味で、助動詞「たり」を用いて
「絶えたる後も」と表現してみました。
読みが分かれる表現だったかもしれません。

とはいえ、作句の参考にしたいと思います。 ご意見ありがとうございました。
以上でございます。お目通しいただきありがとうございました。
 

点数: 0

「こめかみの小さき塊うずく春」の批評

添削した俳句: こめかみの小さき塊うずく春

 
再来失礼いたします。
拙句「大棋士の絶えたる後も冬銀河」にコメント、ありがとううございます。
https://weblike-tennsaku.ssl-lolipop.jp/haiku/corrections/view/33269

動詞「絶ゆ」は死ぬの婉曲表現でして他にも「果つ」、「まかる」、「みまかる」、
「隠る」、「雲隠る」、「失す」、「消ゆ」、「なくなる」がございます。
「絶ゆ」を選んだ理由は「(音、声などが途中で)途絶える。消える」の意味も
ございますので、ダブル含意のつもりでございましたが、
読みが分かれる表現であったかもしれません。

また、加藤一二三先生はキリスト教の洗礼を受けておられましたので、
仏教の浄土信仰に基づく「往生」、「大往生」は表現としては適切ではないので
作句は難しかったです。

とはいえ、今後の作句の参考にさせていただこうと考えております。
ご意見、ありがとうございました。
 

点数: 1

「こめかみの小さき塊うずく春」の批評

添削した俳句: こめかみの小さき塊うずく春

 
こんにちは。お体のお加減は如何でしょうか?
どうぞ、ご無理だけはなされません様に。

貴句、拝読いたしました。

初読で、「外傷とも解釈できるけど、もしかして偏頭痛の事なのかな?」と
読みを入れまして作者コメントを拝見いたしますと、
どうやらそのご様子でございました。

でしたら、これはもう、晩乃さんのコメントに私めも完全同意いたします。
文法構造的に「外傷」と解釈されてしまう余地がございまして、そうなりますと
作意とお伝えなさりたい事がズレてしまいますので。

また、このサイトの投稿フォームでは不可能ですが、作者コメントに
「本来の句:~」と注釈をお書きになって、「疼く」と「春」間に「間(ま)」を
入れるのもアリかもしれませんね。具体的には、晩乃さんの句をお借りいたします。

・こめかみの奥の塊うずき、春

読点によって間ができる事で痛みの表現を暗示しながら動詞「うずく」が
季語「春」に係らない様にする事で、「春が疼いている」との誤読の余地は
100%消え去ります。また、連用形にする事で「間」が活きてくるのではないかと
私めは考えました。

以上でございます。お目通しいただき、感謝いたします。
寒さが増しております。どうぞご自愛ください。

追記
めいさん。近畿でございましたか。私めもそうでございますよ。
例の添削案は、ありがたく頂戴いたします。
 

点数: 1

「息白し街灯に浮く停留所」の批評

添削した俳句: 息白し街灯に浮く停留所

 
お早うございます。挨拶が大幅に遅くなり、大変失礼いたしました。
本年も、どうぞよろしくお願いいたします。

貴句、拝読いたしました。

上五:息白し(三冬・人事)
中七下五:街灯に浮く停留所(無季・景)
という典型的かつ成功した「人事季語 × 都市景」の取り合わせの様に、
私めには見えました。特に重要なのは、
「息白し」=寒さの可視化、「浮く」=光による非現実化、
「停留所」=人が集まり、待つ場所
この三者が、一切説明を伴わずに同一の知覚平面に重なっている点でございます。
写生でもあり、同時に象徴性も成立しているのではないでしょうか。

視点も上に行き過ぎておらず、描写の過不足が無い様に私めにぱ見受けられます。

この句の核心的な強度は以下ではないかと、私めは構造分析いたしました。
①:俳句はそもそも人物を特定しない詩型
②:夜の停留所という装置は、複数性・匿名性を前提とする都市記号
③:「息白し」は、主体を限定しないからこそ成立する人事季語

つまりこの貴句は、「誰の息か分からない」ではなく、
「誰のものでもあり得る息が、近似空間に立ち上がっている」構造。

私めからというのも非常に恐縮ではございますが、
「説明しない勇気」、「人物を描かない人事季語」の好例として、
初心者ではなく中級以上が学ぶべき句ではないかと、私めは考えました。
大いに学ばされました。

このまま味わいたいと、私めは思います。

以上でございます。お目通しいただき、感謝いたします。
 

点数: 1

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