「人生は悲しみが先霜夜かな」の批評
添削した俳句: 人生は悲しみが先霜夜かな
あやめさんこんにちは。
前回の俳句も拝見させていただきましたが、助詞について悩まれているようですね。
私もそういう時期がありました。
「に、を、が、は」という助詞を使うと確かに説明的、散文的になりやすいですが、使ってはいけないということは全くなく、それが詩の言葉として機能していれば問題ないと思います。ただ、それを判断できるようになるには勉強や経験が必要ですが。
こちらのサイトでいろんな方から意見をもらったり、いろんな名句を読んだりして参考にしていきましょう。プレバトもおすすめですよ。
前置きが長くなりました。
人生の中に悲しみはつきもの。それを受け入れながら、喜びを探すことがまた人生。そう感じます。
御句ですが、「先」という言葉がよくわかりませんでした。
いっそ「悲しみ」にフォーカスを当てれば、「霜」という季語が生きると思います。霜は夜のうちに降りてきて、朝になると日差しの温かさで次第に溶けていくものなので、悲しみもそのように溶かしていき、喜びに変えていこうみたいな感じで。
それと、これは私個人の解釈ですが、「かな」という切れ字は少なくとも中七から下五まで切れなく言葉が繋がっていないと機能しない言葉だと思っています。
・『人生に悲しみあらん霜の夜』
・『朝の霜我が悲しみを溶かしけり』
・『悲しみが生きる力よ霜の声』
・『悲しみは人生の糧霜の花』
「に、を、が、は」を使って詠んでみました。
参考になれば幸いです。
またよろしくお願いします。
点数: 3