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みりんさんの返信一覧。最新の投稿順2ページ目

元記事:シノアリス

どうも、初心者リイドと申しますシノアリスをモチーフに小説を書こうと思うのですが、かいてもだいじょうぶですかね?
まだ使い始めたばかりなのでシノアリスの小説があるかわかりませんが。
なければ、書きたいなという感じです。
シノアリスを余り知らない人も居ると思いますが、アドバイスよろしければお願い致します。
内容的にはグレーテルを主役で、
ナイトメアとキャラを消しながら兄と作者を生き返らせるお話にしようと思ってます。(ベタですかね。)
ご解答を是非宜しくお願い致します
〔消す=殺すです。〕

上記の回答(シノアリスの返信)

投稿者 みりん : 0 投稿日時:

シノアリスを名前しか知らないみりんです。

検索してみたところ、pixivというサイトにSSが投稿されているようです。
何作か読んでみて、参考にしてみるのも良いかもしれませんね。

カテゴリー : 小説の批評依頼 スレッド: シノアリス

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元記事:プロット第四稿、拝見しました。グッジョブかも。

プロット第四稿、拝見しました。グッジョブかもしれません。
この件について返信させていただくのは、これが最後になると思います。みりんさんにかえって負担をかけるのは本意ではないので、レスはお気遣いなく。この掲示板で意見交換するのは私にとってもよい訓練になっています。

いろいろと分かっていらっしゃる方とお見受けしますので、これ以上私がどうこう言う必要はないのかもしれませんが、以下は一応の参考ということで。

構想されている物語は、「大切な人の死と、残された者の想い」というモチーフが繰り返し示されています。試みに整理してみると、

1)主人公天沢夜白の父の死と、それに対する夜白の想い。(夜白→父)

2)夜白の父の死に対する、母杏里の想い。(杏里→夫)

3)摩耶の息子の死と、それに対する摩耶の想い。(摩耶→息子)

4)最期に自死を選んだ摩耶の死と、それに対する夜白の想い。(夜白→一抹の共感をおぼえた敵)

5)(摩耶の偽りとしての)杏里の死と、それに対する夜白の想い。(夜白→母)

6)自死を望む杏里と、それに対する夜白の想い。(夜白→母)

この中から( )の左側が主人公夜白になっているのは、1・4・5・6です。言い換えると、テーマに対する主語が主人公になっている項目、ということです。
このポイントは強く意識してほしいです。

エンタメ・ストーリーは主人公が何をするかが大切。
2・3は重要な要素ですが、これの比重を大きくしすぎると、主人公ではなく他人の物語になってしまうんですね。ですから2・3はあくまでもサイド・ストーリー。主人公にとっての反面教師だったり、行動をうながすきっかけだったり、終幕をめざすヒントだったり。そういう位置づけに止めたいです。

次に、残された者の想い。

これにまつわり、「魂を空にあげて星にすることによって、浄化する。これでどうよ?」という問いかけが浮上するわけです。
それによって死者も残された者も救われるんじゃないの? と。
これは月兎族から主人公夜白への提案。物語から読者への問いかけ。そして、おそらく中盤の「間違った解決への誘惑」なのでしょうね。

しかし後半、魂を星に変えるのは実は残酷なことなのではないかという考えが主人公に兆し、「じゃあ、どうしたらいいのよ? 結局、絶望しかないわけ?」的な最悪の悩みに陥る、と。

ここで注意したいのは、すでに死んだ者と、まだ生きている者がいるというポイントです。
すでに死んでいる者は、主人公の父と摩耶の息子。これは取り返しがつきません。
しかし、まだ生きているのに死のうとしている者もいます。摩耶と、母杏里ですよね。
父の死が取り返しがつかないのは夜白にとっても同じなのですが、夜白にとっては、まだ生きているのに死のうとしている「もう一人の大切な人」がいます。母杏里です。

ここが、この物語の中で夜白だけが「成長できる」最重要ポイントなのかなと。

同時に、盛大に絶望にとらわれて大破綻する摩耶の姿。絶望に染まりかけている母の姿も目の当たりにします。
ですから。
結局、諸悪の根源は絶望なんじゃないの?
そこに気づかせればいいわけです。

(今これを書きながら発作的に思いついたのですが、魂の悪霊化も実は絶望が原因だったということにすると話が分かりやすくなるかもしれません)

ということで。
すでに死んだ者は、星にして浄化。 → 絶望からの解放。
まだ生きている者は、希望を失わずに生きていく方がいい。

こんな感じのところに着地させればいいのかな?
なんて、思ったりしました。

上記の回答(プロット第四稿、拝見しました。グッジョブかも。の返信)

スレ主 みりん : 0 投稿日時:

あまくささん、コメントありがとうございます!

プロット第四稿、拝見しました。グッジョブかもしれません。
よかったですー。とりあえず一安心しました。

>エンタメ・ストーリーは主人公が何をするかが大切。
そうなんですよね。摩耶はヴィランなので置いておくとして、
杏里はへたに書くと夜白を食いかねないので、注意したいと思います。

>結局、諸悪の根源は絶望なんじゃないの?
>そこに気づかせればいいわけです。
ここに関しては、ちょっと意見がわかれますね。
絶望だと気づいても、その絶望を解決することはできないんですよね。
杏里は、夜白の悲しみに気づき生きることを選びますが、夫である陽斗が亡くなってしまったことで
うけた傷が癒えた訳ではないし、その点では絶望したままなんです。
なので、そこに気づけば解決するというたぐいの話ではないと思います。

>魂の悪霊化も実は絶望が原因だったということにすると話が分かりやすくなるかもしれません
そこは、そういう設定ですよ。大丈夫です。
霊は死にとらわれた存在で、死んだ瞬間の感情を常に強く意識させられている状態で、
時が止まっているため永遠につづく悲しみの中にいます。うつ病みたいな。
その辛さから逃れるために自我を失い悪霊化してしまう予定です。
絶望という言葉ではないですが、そんな感じ。一幕で霊を登場させたときにこの話をして、
夜白に霊を星にすることは、霊にとっては悲しみからの解放になるということを学ばせて、
月の神になることへの動機のひとつとしてもらおうと思っています。

霊を星にすることは、霊にとって悲しみからの解放である→
霊を星にすることは、残された人(杏里・摩耶)にとっては残酷なことである→
残された人にとっては、亡くなった人にとらわれ続けていることは残酷なことである→
残された人にとっては、大切な人がいない世界に意味を見出せず、追いかけることでしか救われない場合もある→
それでも、一緒に生きてほしい

流れとしては、こんな感じです。
うまく書けるかはわかりませんが……
頑張ります。

ご意見参考になりました!
ありがとうございました!!

カテゴリー : ストーリー スレッド: 三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?

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元記事:三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?の返信

 混乱もあって読みにくい文章になってしまいましたが、ご返事ありがとうございます。
 最終的には「母を救う」というところになるかもしれませんが、その目的を持つのは母の事情がわかったあとで、どうもあとのほうになるのかな思います。wikiによればセントラルクエスチョンは最初のほうに提示されるものなので、その内容が果たして一幕段階で「救う」まで含むのかというのがすこし疑問でした。最初に提示されるべきはもう少し単純なもので、だんだん目的の意味が深くなっていく、そういのが今まで見た物語のなかでは一般的な気がしたのです。
 もしかしたらハリウッド式では序盤で目的とその解決法を全て出して一切そこは揺るがないのかもしれません。でも、この物語ではだんだんと相手のことを知っていくことが主人公の目的達成に必要であると同時に、そのことを突き詰めると、主人公の目的達成を危険に晒すという構造であり、それがスリリングな魅力を持ってる気がします。母の意図を知り、彼女を思うなら、主人公の思いは捨て去られなくてはいけないかもしれない、というように。話を聞く限り、目的の姿が変わっていくときの衝撃が大事なので、用語として第一幕に出さねばならないらしいセントラルクエスチョンを、全体のテーマとか終盤の目的そのものとして捉えると良くないかな、と。それらは序盤に出してはいけないものですが、セントラルクエスチョンは序盤に出してしまうらしいので。
 ・・・という感じで、わりとどうでもいい、用語問題が個人的に引っかかってしまって、そのうちセントラルクエスチョンにクエスチョンって感じ(?)になって、独りよがりになってしまい、失礼。

上記の回答(三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?の返信の返信)

スレ主 みりん : 0 投稿日時:

>大ボーイさん、再訪ありがとうございます!

セントラル・クエスチョンについて。
ウィキペディアには、

「主人公の解決しなければならない問題である。これはセットアップの最後に観客への問いかけとして示され、その答えはクライマックスに Yes/No で与えられる。セントラル・クエスチョンは、主人公の行動する「きっかけ」という目線から立てられる (例: 「X はダイヤモンドを取り返せるか?」「Y は彼女をゲットするか?」「Z は殺人犯を逮捕できるか?」など)。すなわち「主人公は目的を成しとげられるでしょうか」ということがクエスチョンとなる (主人公の心理的な変化が目的となる場合もある)。セントラル・クエスチョンは、ストーリー上の全ての出来事に関係する。セントラル・クエスチョンの設定によってセットアップは終了し、本当のストーリーを始める準備ができる[142]。

セントラル・クエスチョンは、インサイティング・インシデントと対になっており、インサイティング・インシデントの事件によって示される」
と書かれていました。

それで私も大ボーイさんと同じように混乱して、セントラル・クエスチョンを用意できなくてご相談した次第です。

>最初に提示されるべきはもう少し単純なもので、だんだん目的の意味が深くなっていく、そういのが今まで見た物語のなかでは一般的な気がしたのです。
セントラル・クエスチョンが変遷していくという形は、ふつうにみられるというご意見は他の方にも頂いたので、テンプレートなんだと思います。ただ、ハッリウッド式では、最初の段階では主人公にとって意味がわからなくても良いので、クライマックスでイエス、ノーで答えられる問いになっている模様。今回は、様式に従って設計してみたかったので、こだわってみました。

>でも、この物語ではだんだんと相手のことを知っていくことが主人公の目的達成に必要であると同時に、そのことを突き詰めると、主人公の目的達成を危険に晒すという構造であり、それがスリリングな魅力を持ってる気がします。
お褒めにあずかり、光栄です!
自分では良いと思ってるんですけど、良いと思ってるのは私だけかもしれないと危惧してましたので、
少しでも褒めていただけるとこれから本文起こしたりするときのモチベーションになります!
自分では言語化できてなかった魅力なので、ちゃんとそう見えるように頑張ります。

参考になりました。
ありがとうございました!

カテゴリー : ストーリー スレッド: 三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?

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元記事:三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?の返信

 あまり三幕構成に詳しくないので、議論をかきまわすかもしれませんが、自分の認識が間違ってないか確認したいのもあって、力不足ながらコメントさせていただきます。
 
 セントラルクエスチョンとは、おそらく初期に提示され、全体において主人公を引っ張る「根本的な動機」の提示だと思うのです。そしてその動機は始めは大雑把で、話が進むごとに具体的な達成の方法や困難が提示され、それに苦悩しつつ、手段を変えつつ、揺らいでも、気持ちは変わらず主人公を引っ張っていくのだと思います。
 多分セントラルクエスチョンは「母と再び家族として暮らす(ただしあまり言葉にこだわらないで)」あたりでいいのではないでしょうか。およそ主人公の心理的な欲求と目的獲得が一致しているので「母親を取り戻す」でもいいかもしれない。それを提示するインサイティング・インシデントですが、これは摩耶の登場そのものではなく、表現は直接的か、一見前向きかは別として、「摩耶に冷たくされ、孤独を感じて、母に会いたいと感じる」「(その時点の認識で)亡き母に対する思いが生じる」になるのではないですか。ここまでは目的というほどでもなく、思いとして。摩耶をインサイティング・インシデントとして、母親と言う目的と結びつけるならば。
 そしてそのあと婚約者が登場、その巻き込まれ型の出来事のなかで母親が見つかるという、主人公の辛い感情(問題)が解決される具体的方法が提示され、具体的な目的を持った物語が開始されるのではないかと。
 セントラルクエスチョンは主人公の動機を通して読者に提示されるストーリーの大まかな骨組みのようなものではないかと思います。これによって以後の行為が、目的に近づくか遠のくかで善い悪いを判断されつつ、それが最終的にどのような形になるのか、読者が想像しながら読む、そのための道筋となるものというような。
 作者様の仰るテーマである「大切な人が死んでも一緒に生きてほしい」というところの「大切な人が死んでも」は、母親が主人公から離れる最も大きな原因であり、かつ最終的に解決されなければならないものであり、「一緒に生きてほしい」は主人公の欲求のことだと思われます。これはセントラルクエスチョンの最終形態(どのように目的を達成するか)であって、テーマでも初期に提示するセントラルクエスチョンでもないのではないかと思います。当初の質問でセントラルクエスチョンとして掲げられた「ヴィランを倒す」も「最後の戦闘パート」「最大の障壁」であって物語に一貫するセントラルクエスチョンではないように思えます。これがセントラルクエスチョンになるには、このこと自体が主人公の最終目的として意図されなくてはならないはずですから、「倒し」自体が心理的な目標になり、その方法を探す物語になるのではないでしょうか。
 テーマは、完全に私見ですが(三幕構成で定義されているならごめんなさい)、この親子の物語を通して「読者」にどのような価値観を届けたいかと言うことだと思います。それは、作者様の思うものと同じではないかもしれませんが、このタイプの物語が取りうるものとしては「死者をないがしろにするのでもなく、しかし囚われるのでもなく生きるにはどのように思い、そして行為すべきか」というようなことではないかと思います。ただ、物語としてどう伝えるかはよくわかりません。
 分かりやすいものでは、自分の好きな事柄を悪を倒すものとして描けば、その好きなものは「善なるもの」であるというメッセージやテーマを(首尾よく描写出来れば)発せられるとは思いますが、ちょっとこの物語には当てはまりそうにない。

上記の回答(三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?の返信の返信)

スレ主 みりん : 1 投稿日時:

大ボーイさん、コメントありがとうございます!

>およそ主人公の心理的な欲求と目的獲得が一致しているので「母親を取り戻す」でもいいかもしれない。
「取り戻す」だけでは、母の気持ち「夫が死んだ世界で生きているのは辛い」が解消されないので、足りないんです。物理的に戻ってきても、心の救済がなければこの話ではハッピーエンドにできないんです。ただ、救済できているかというと、そうでもないんですよね。人の死によってうけた心の傷をいやすことは出来てなくて。でもそれでも生きることを選択してもらう、そのために主人公が頑張る物語です。

>作者様の仰るテーマである「大切な人が死んでも一緒に生きてほしい」というところの「大切な人が死んでも」は、母親が主人公から離れる最も大きな原因であり、かつ最終的に解決されなければならないものであり、「一緒に生きてほしい」は主人公の欲求のことだと思われます。これはセントラルクエスチョンの最終形態(どのように目的を達成するか)であって、テーマでも初期に提示するセントラルクエスチョンでもないのではないかと思います。
仰る通り、「大切な人が死んでも一緒に生きてほしい」というのは、テーマというよりはメッセージに近いかもしれませんでした。「一緒に生きてほしい」というのは、主人公の欲求であり、普遍的なメッセージでもあるんです。「残された人は、それでも生きなければならない」というような感じでしょうか。ただ作者の主張というか、そういうものがテーマなのかと思っていたので、今回はこうなりました。
本当は、もっと「死と生」とか、「死んだ人が星になるという祖霊信仰」とか、そういうのをテーマと呼ぶのかもしれません。正直、テーマってよくわかりません。ただ、どのような価値観を届けたいかでいうと、「大切な人が死んでも一緒に生きてほしい」というのが私の価値観です。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?

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元記事:新プロットにつての感想

まず。
ここまで提示されたプロットそのものは、大筋では悪くないと感じます。
しかし何度も言いますが、理論に当てはめようとしているところに少し疑問手が生じてしてしまっている気がしました。

>セットアップ5W2H誰がどこでどのような状況で何をする話か:父が死に、悲しむ母を主人公天沢夜白はなぐさめる
(中略)
>母が失踪し、母の友人と名乗る女・摩耶(ヴィラン)が家にやってくる

ここは悪くないというより、かなりいい感触です。そう思う理由は何度も書いたので省略。

気になるのは次の幕間。ここに複数の疑問を感じました。以下、それを説明します。

1)いきなりネタバレになっている。
 母が失踪した理由の一端。摩耶がヴィランであること。この二つを早々と開示してしまっています。私的にはこれらの謎が読者の興味につながると考えているので、もう少し引っ張った方がいいように思えます。(ヴィランの目的の提示)(杏里の目的の提示)と書かれていますが、セットアップとして必要な情報の提示というよりも、悪い意味でのネタバレになっている気がしました。
 同時に月の神殿や蘇生の禁書などのキーワードも示されますが、それらについてはここで読者にチラ見させておくのは効果的かもしれません。

2)読者と主人公の知識のギャップ。
 主人公が知り得ないことを読者に示しています。そういうテクニックもあるにはあるでしょうが、計算の上でしょうか? これは冒頭でやると主人公への感情移入の妨げになるので考えものだと思うのですが。

3)主人公にとってのセントラル・クエスチョンになっていない。
 「夜白は母を救えるか?」は、この時点では主人公にとってのセントラル・クエスチョンになっていません。
 2に関連しますが、これは読者だけに知らされた情報から生じるクエスチョンなんですね。なので、プロットの都合で作者がセントラル・クエスチョンを読者に教えただけという状態になっていないでしょうか? セントラル・クエスチョンはその後のストーリーを牽引する重要な要素のはずなので、それを読者と主人公が共有できなくても大丈夫なのかな? という疑問です。

以上の問題があるため、「夜白は母を救えるか?」という課題がまだ「夜白の課題」になっていないんですね。だから夜白が動き出すきっかけにならず、少し遅れて、

>主人公をめぐる問題が具体的に何か明確化: 通学中、霊に憑りつかれた男に命を狙われる。空からバイクに乗った少年が現れて、助けてくれる。

というイベントを入れることが必要になっています。
大まかな流れとしてはこれでいいと思うのですが、ここまでのパートに欠けていると思うのは夜白の主体性です。手探りでもいいから彼女自身が一歩一歩前に進み、テーマを目指すように描いた方がいいのではないかと。その方が読者は共感しやすいのではないでしょうか?

……ちょっと押しつけがましい書き方になっていたら、すみません。別に私の考えを強要するつもりはないのですが、どこに懸念を感じたかを伝えるために踏み込んだ説明をしてみました。
幕間パートはみりんさんが必要と判断してのことならいいのですが、「序盤に分かりやすいセントラル・クエスチョンを提示しなければならない」ということに拘って無理にねじ込んでいるように見えます。それがストーリーの狙いを少しおかしくしているように感じました。

上記の回答(新プロットにつての感想の返信)

スレ主 みりん : 0 投稿日時:

あまくささん、コメントありがとうございます!

(No: 37)に、第4稿のプロットをあげました。
できれば、これでいきたいと考えています。
とりあえず、あまくささんのご指摘のあった3つの疑問については解消されている
セントラル・クエスチョンになっているはずです。
これ以上のセントラル・クエスチョンを思いつかないので……。

>「大切な人が死んでしまった世界で生きていく意味はあるのか?」
をセントラル・クエスチョンにすると、途中母杏里が登場した時点で、「大切な人が死んでしまった世界で」
という条件があいまいになってしまう懸念はあるのですが、父陽斗が死んでいることに変わりはないし、
母杏里にとってはこの問いが解消されていない、ヴィラン摩耶にとってもこの問いは解消されていない、
という訳で、クライマックスまで引っ張れる問題定義だと思います。
それに、夜白には、「母の催眠を解く」という偽りの目的を持たせられているので、どういう話かわからない、
という状態にもならないように気をつけるつもりです。

これ以上の案を思いつけないし、筋が通っていると思うので、これでいきたいです。
ご意見とても参考になりました。ありがとうございます!

カテゴリー : ストーリー スレッド: 三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?

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元記事:冷静な強キャラを怒らせる

私が書こうとしている物語で以下の展開があります。

登場人物
主人公A:男
敵女B:大人の女。悪の組織に所属する冷静な悪女。後々ヒロインになる

展開
1:BはAを確実に抹殺するために、念入りに作戦を立てて追い詰める。
2:しかし、すべてを覆され、逆にAに追い詰められる
3:どんなときも冷静なBが失敗に次ぐ失敗で冷静さを失い激昂する

この3なのですが冷静で大物な大人の女が激昂するというのは自分でどうしても違和感があります。Bには最終的にAに屈服してほしいのですが、Bの強キャラ感を残しつつ、Aに感情剥き出しで敗北させるにはどうしたらいいでしょうか?

どなたか教えてください。
お願いします。

上記の回答(冷静な強キャラを怒らせるの返信)

投稿者 サタン : 1

逆鱗という言葉があります。誰にでも逆鱗はあるものです。
そこに触れると、穏やかな人でも狂ったように怒ります。

違和感があるということは、その逆鱗を決めていないか上手く表現できていないのでしょう。
例えば、有能な女は今まで失敗したことがない。それが一度主人公に関わったがために何もかもが上手く行かなくなった。もとを正せば主人公のせい。それが八つ当たりだと自覚していても怒らずにはいられない。何もかも主人公が悪い。
という感じなら自然だと思いますが、これは「有能で失敗したことがない」という前置きが伏線になっていて、これをしっかり印象づけるよう書かないと、同じように書いても違和感は残ると思います。
つまり、それがこの有能な女の逆鱗だったわけですね。

なので例えば、有能な女を慕う部下のドジ娘なんかを出して、有能な女をヨイショしまくる。慕ってるオーラを出しまくる。それが主人公に関わって失敗してからドジ娘にまで失望の眼差しで見られる。そんなシーンを用意したりして、「有能な自分に誇りがあった」という事をわかりやすく伝える工夫が必要かなと思います。

もちろんこれはただの例であって、話の本質はこうした「逆鱗」あるいは「琴線」や「ツボ(笑いのツボとかそういう意味の)」と考えても良いですが、「激昂するため」のスイッチをしっかりと描写していくことが大事です。
もっと創作的な言葉で言えば、「激昂」するための伏線をしっかり書けば違和感はないよ、とそれだけの話ですね。

話が反れますが、「伏線」って「序盤から考えてた俺すげえ」みたいな勘違いした認識の人がチラホラいたりしますが、基本的に伏線というのは「無理な展開」を自然に見せるための技術で、こういう悩みのときの解決法はだいたい伏線を置いとけばまるっと解決します。
今回の場合は、有能な女が怒るための要素(私は逆鱗と表現したけども)を前もって伏線にしておけば、「冷静沈着な有能女がいきなり怒り出して違和感」ということにはならないでしょう。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 冷静な強キャラを怒らせる

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投稿日時:

元記事:スランプ脱出方法

こんにちは。たまにこの掲示板で助言をいただいている者です。
今回も、皆さんの知恵を借りたくて書き込みました。
というのも、最近、スランプなのです。
私は、オリジナルの小説と二次創作小説、両方を書いているのですが、ここしばらく、そのどちらも書けなくなってしまいました。
それでも、前は、パソコンの前に座れば何かしら文章が浮かんできたのですが、最近は何も思い浮かびません。
早く続きを書きたいという意思はあるのですが、こんな体たらくなので焦ってしまって、余計に何も浮かばなくなるという悪循環です。
仕事など、実生活で多忙なこととか、スランプの原因には心当たりがあるのですが、自分でどうにかできるものではないので、どうすればいいのか全くわかりません。
そこで皆さんにお聞きしたいのが、皆さんのスランプ脱出方法です。
皆さんはスランプになったとき、どういった行動でスランプを脱出しますか?
参考にしたいので、良ければ教えてください。

上記の回答(スランプ脱出方法の返信)

投稿者 サタン : 2

>前は、パソコンの前に座れば何かしら文章が浮かんできたのですが、最近は何も思い浮かびません。
面白いのを書こうとしてない?
そりゃせっかく作るなら面白いもの楽しまれるものを作りたいと思うのは本能だけど、面白いのを書こうとしてたらハードルが上がるだけで書けなくなる。

少し試してもらいたいことがある。
それは、この掲示板でも友人がいれば友人相手でも良いので、創作相談にのってみる、ということ。
ストーリー展開などの相談で、「どうしたらいいだろう」「これは不自然じゃないかな」とかそういう相談にのってみる。
おそらく、すごく真剣に考えたとして、でも割と「こうしたらいいんじゃないかな」って回答が出来るだろうと思います。
ここで気がついてほしいのだけど、スレ主さんはいま「最近は何も思い浮かばない」のではなかったのか、ということ。
でも助言は出来る(思いついている)わけだから、実はスレ主さんは「何も思い浮かばない」というわけではないのではないか? というわけです。

だとしたら、スランプの原因、「思いつかない」原因は明瞭で、
すなわち、本当は思いついているのだけど、それは面白くないつまらない、自分が求めるハードルを超えられていない、と無意識的に白紙にしてしまっていて、結果、パソコンを前に呆然としてしまう。という事ではないかな、と。

「面白いものを書きたい」というのは当たり前の考えなのであって当然なんだけど、それを考えるには考えられるだけの余裕が必要ではないかなと私は思います。
これはあくまで私個人の考えだけど、例えばよくいるのが「こういうキャラは需要があるか?」とか「こういうジャンルは求められていないのだろうか」とか、読者をすごい意識してるタイプの人。
例えに例えをかぶせるけど、読者を「女性(ないし異性)」と考えると、これって女性の視線を気にしまくって異性に媚びる「スケベ心」だと思うんですよね。
下心があって書かれた作品なんて、そりゃ面白くないでしょうよ。女性は男性の視線がわかるって言うけど、読者も作者のそういう下心ってわかるでしょ。
でも、例えばアイドルとか俳優とか見た目も大事な職業の人ってのは、当然のこと異性(ファン層)の視線はすごい気にするし、だからと言ってそれは変ではないじゃん?
じゃあ、一般男性が女性にモテたいって言ったら、気にするべきは異性の視線や異性に媚びるルックスにする事ではなくて、まずは清潔感とか身だしなみであって、いきなりホスト風のイメチェンをする事ではないでしょ。
清潔感や身だしなみが習慣として身についてきたら、じゃあ流行りの服装を、とかじゃないかなって思う。
流行りの服装がシワだらけだったら逆にマイナスだしね。

スランプに陥るってことは、一歩一歩上がる階段のどこかで躓いてるってことだから、初心に帰るのが一番だと思う。
まずは清潔感や身だしなみ。服のセンスは「自分が良いと思ったものを適当に」でいい。
だから、何も考えずに、適当に書いてみるのがいいんじゃないかなと思う。
スランプのときは「面白さ」は考えないほうが良いし、本調子になったとしても、ハードルを超えないアイディアを自動消去してしまうと思うので、「読者ウケという意味での面白さ」はあまり意識しないほうが良いと思う。

書きなれると「面白いもの・良いもの」が知らず知らずにプレッシャーになってアイディアが見えなくなってくる。というお話。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: スランプ脱出方法

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投稿日時:

元記事:亜竜の名前ってどうネーミングすれば良いですか?

主人公は最初亜竜で始めようと思っているのですが、亜竜の種族ってなかなか見つかりません。
探してもおふざけかワイバーン位しかない。
亜竜の種族をできるだけ教えて下さい。

上記の回答(亜竜の名前ってどうネーミングすれば良いですか?の返信)

投稿者 読むせん : 1

カバでしょうワニにゾウ、恐竜と鳥、古代の大型爬虫類は竜に似たもの亜竜とされています。

たしか「亜」って漢字字体が「類するもの」って意味なんで。ぱっと見が似ているものは亜竜でいいの。なんなら蛇やナメクジやウナギなんかも大きさ次第で亜竜。

バハムートは別言語読みでフンババ。どうも密林地帯でくらいていたサイかカバのこことらしいの。
レバノン杉の伐採に来た戦士たちがフンババという竜にぶっ殺されまくったそうですが、そこにいた野生生物か多民族のことだって。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ワイバーンとか教えてって乗りなら、竜、ドラゴンでwikiれば出るよ!!。

中国の竜は黄龍および応竜と呼ばれる形状だし。実は竜でもなんでもない存在を亜竜にしとこうぜ☆ってゲーム会社は多い。

あとフンババの別読みバハムートみたいに同じ名前を別読みにしたのも多い。あなたも漢字名前があると思いますが、それを日本で読み上げるか中国語で読み上げるかで相当違う印象になると思う。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
だいたいの神話には、だいたい竜に似たキリングされるためのジャイアントとしての竜が出るよ

オーストラリアにだけは竜の神話がないとか昔の図鑑で読んだので、アメリカにもかつて亜竜がいたっぽい。ネイティブ・アメリカンの神話でもお探し。

マニアックなのだと。翼ある蛇、ケツアルコアトルとかかな?あとドラキュラの語源はドラゴンの子としてのドラクルだから広義的には悪魔デヴィルの語源ともかぶんで?

カテゴリー : キャラクター スレッド: 亜竜の名前ってどうネーミングすれば良いですか?

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