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(改稿版「駅編」) 寿国演義 お転婆皇后と、天空聖地と、雲表列車

スレ主 ドラコン 投稿日時:

 舞台を微妙に変えただけで同じ内容の作品を二重に投稿して良いのか疑問ですが、「相談」の掲示板なので、投稿させていただきます。

「現代日本から消えた鉄道風景を中華風ファンタジー世界で再現する」ことと目的にした、『寿国演義 お転婆皇后と、天空聖地と、雲表列車』の改稿版です。話の内容は、改稿前(初版)と同じですが、初版では字数の関係で省略した駅の場面を主にしてみました。逆に、そのために改稿版では、初版後編の列車の峠越えの場面を省略しています。なお、完成させられる見込みは全く立っていません。

 以下、あらすじです。

 庶民出皇后の張銀鈴(ちょうぎんれい)が、霊感商法で問題になっている「福地寺」が主催する怪しげな格安旅行のチラシを持って来た。最高裁長官・検事総長・法務大臣に当たる越忠元(えつちゅうげん)は、銀鈴が首を突っ込んできたことと、後宮の女官も興味を示した者が居るため、銀鈴と、妹・弟分の判事見習の晶芳雲(しょうほうん)・欧裁文(おうさいぶん)を連れて、福地寺の大本山へ列車で向かうこととなった。

 
 やはり、不安な点は無茶苦茶な世界観ですから、「世界観が伝わったか?」です。具体的には、以下の点でご返信いただければ、幸いです。

 ・昔(明代以前)の中国っぽっくなっているか? 
 ・食事の場面の印象は?
 ・鉄道という「近代」の象徴を出しておきながら、政体を近世以前にしたこと(架空のもが多いが役所の名称は漢・唐代、科挙は明・清代)。
 ・西洋文明の象徴たる鉄道を出したが、登場人物が明代以前の中国服(漢服)を着ているイメージを持てるか? (つまり、洋服や和服を着ているイメージがあるか?)
 ・設定の説明に、想定日本の架空国を出したり、ガイドブックを引用(劇中劇)したりした印象は?
 ・両方お読みいただいた場合、初版の前半と、改稿版ではどちらが世界観が伝わりやすいか?
 ・改稿版で「魔法が存在する世界」と認識できるか? 初版では鏡を使ったテレビ電話会議の場面があるが、改稿版では登場人物が直接魔法を使う場面を出せなかった。

プロローグ

 冬の某日午前十一時過ぎ、大帝国寿国(じゅこく)の都・長洛(ちょうらく)。
 四方を城壁で囲まれた町。「天子南面」通り、皇帝の住まいたる宮城は町の真北にある。その宮城と、ちょうど正対する真南にある長洛駅。真朱の柱に支えられ、木造三階建の堂々たる楼閣の駅舎。軒は緑に塗られ、瑠璃紺――明るい紺――の瓦屋根は、冬の穏やかな光に照らされ、美しく輝いていた。
 頭端式――行き止まり式――歩廊(ホーム)を囲む駅舎は、閉じた方が北、開いた方が南の「凹」字型。
 その駅舎の二階。ちょうど到着した列車が頭を向け、出発を待つ列車がお尻を向ける改札口の真上。そこにある飲茶(ヤムチャ)屋、休家茶房。
「いらっしゃいませ、いつもご利用ありがとうございます、越太判事(たいはんじ)閣下」
 太判事とは、寿国で刑事・民事の裁判を行い、百官を監察する役所、太法院の長官のこと。
 霞がかかり、谷底に小川が流れる段々畑の茶畑と、製茶の風景を描いた二帖一対の水墨画。それを背にして、前掛け姿の給仕が、越忠元(えつちゅうげん)たちに、そう声を掛けた。
「ご旅行でございますか? お荷物をお預かりいたします。ところで、何時の列車で?」
「一三時半発の、天陽(てんよう)行き急行『鶴』で」
「さようでございますか。こちらでございます」
 給仕は、忠元たちを席に案内した。

 大きな窓越しに、出入りする列車を眺められる最上の席。眼下には、三〇線一一面の歩廊(ホーム)が広がっている。
 忠元たちが席に落ち着いたのを見計らって、給仕が箸と小皿を並べて、品書きを差出した。
 国際都市・長洛の玄関口たる長洛駅内の飲茶屋だけに、品書きも寿語のほか、和語や西方諸語と数言語で記されていた。しかも、色付きの挿絵入りなので、文字が読めなくてもそうは困らない。
「まずは、お茶のご注文を」
 そう給仕が促す。
「どうする? 仁瑜」
「そうだな」
 十四歳の少女、張銀玲(ちょうぎんれい)と十八歳の青年、紀仁瑜(きじんゆ)が品書きをのぞき込んでいる。仁瑜の容貌は、事情を知らぬと、女性と見紛うほど。髪型や服装が男性――当たり前だ――だから、「男装の麗人」と紹介しても、十分通じる。
 飲茶屋は、客が席につくや、自動的に茶を出すところが多い。しかし、さすがは休家茶房、宮中出入りの茶商経営だけあって、茶も充実している。最も定番の緑茶だけでも十数種類あるぐらいだ。
「どうします? 裁文さん」
「そうですね」
 こちらは、代々清廉な官吏や優れた学者を輩出している名家の娘、十六歳の晶芳雲(しょうほううん)と、見た目は十二歳未満、実年齢十五歳の少年、欧裁文(おうさいぶん)。この二人、この年ながら太法院判事見習、つまり忠元の部下――というより、妹・弟分――。
「白豪銀針(はくごうぎんしん)で」
  忠元は、銀玲・仁瑜、芳雲・裁文の二組四人が迷っている間に、早々と茶を注文した。

 長洛駅は、言うまでもなく寿国最大の鉄道駅。そして、長洛は寿国の都のみならず、東方世界から見れば「西方世界の玄関口」、西方世界から見れば「東方世界の終点」。したがって、休家茶房の店内も周りを見渡せば、寿人は当然として、さまざまな国の人が見える。寿人の中でも、のどから脇の下にかけての鉤型の合わせ目が特徴の、旗袍をまとった遊牧民たち。寿人とよく似た、でも微妙に違う衣をまとった東方の島国の和人。長巾(ターバン)を頭に巻いたり、緑の房付きの赤いつばなし帽子をかぶったりした、紫髯緑眼の西方人男性。体の線を出さぬゆったりとした衣に、頭に薄布(スカーフ)を巻いた西方人女性――。
 さまざまな肌や目の色、衣の客たちの合間を、点心類を載せた籠を首から下げたり、台車を押したりした、給仕たちが忙しく歩き回っていた。そして、客の前、特に言葉に不自由しがちな異国人客と見ると、サッと小さい竹製丸蒸籠の蓋を取って中身を見せてくれる。蒸籠の中身も、肉まんのような蒸しものに限らず、揚げもの、炒めものもあった。蒸籠は、それ自体が呪符になっていて、保温やちり除けの役目を果たしている。
 飲茶屋は、料理が回ってきて、見て選べるので、言葉が分からなくて指させば注文でき、言葉に不自由しがちな異国人たちからも歓迎されている。

 円卓を囲んでいる仁瑜が口を開いた。
「皆で食べに来るのも久しぶりだな。師兄、眠そうだが?」
 師兄とは、同門の兄弟子対する敬称。
「旅行に出かける前は、留守中の事務の引き継ぎため、どうしても徹夜になりますから」
 忠元は、そう言って砂時計とごく短い足が付いた細長い玻璃杯に目をやった。玻璃杯(グラス)の中には、針のように細く、うっすら緑がかった白い茶葉が、縦に立って、湯の中を上下に泳いでいた。砂が落ち切ったのを確認して、蓋代わりの小皿を取り、一口すすった。
 仁瑜・忠元共に、文人が好む、広袖・足首丈の長着を着ていた。
「本当に銀玲を連れていってもいいのか? 今更だが」
「やむ得んでしょう、少爺。下手に置いていっても、後で文句を言われたり、それこそ追い掛けてこれられたりしたら、そっちのほうが困りますよ。いっそのこと、連れていって、目の届く所へ置いておいたほうがいいかと」
 少爺とは、「若旦那」や「若様」の意味。
 忠元が、渋い顔で、固くて丸い小麦焼餅(パン)「モー」(食編に莫)を細かくちぎりながら、言った。
「あっ、すみません」
 忠元は給仕に、そう言って、細かくちぎったモーが入った小椀を手渡した。
「かしこまりました」
 給仕は小椀に、台車に載せた鍋から羊肉と春雨が入った熱々の汁を注いだ。
 これが、長洛第一の名物料理、「羊肉泡モー(ヤンロンパオモー)」。鉄道院――官設鉄道の運営、運輸業・旅行業を監督する役所――が和人向けに出した『長洛名物料理案内 和語編』によれば、「ご飯の代わりにモー(パン)を使った『汁かけ飯』」。そして、「モーは自分でちぎるのが通。ただし、結構な力仕事なので、面倒なら店にお任せも」とのこと。
「それはそうと少爺(しょうや)、少しは銀嬢のしつけをしていただかぬと。よりによって、銀嬢が、霊感商法で問題になっている、あの福地寺(ふくちじ)のチラシを持ってくるなんて。まだ、大規模な反乱を企んでいるとは言えぬので、『妖賊』『教匪(きょうひ)』とまでいきませんが、それでも不審な点があり、監視下には置いてるんですから」
 銀嬢とは、「銀鈴お嬢さん」の意。
(……始まったわね、忠元先生のお説教。長いんだから。ちょっと、仁瑜。あんた皇帝なんだら、何とかしなさいよ)
 銀鈴が怒った顔で、声を出さずに仁瑜を見上げた。
(そうはいっても、君も皇后なんだから、少しは立場を考えてくれないと)
 仁瑜も声を出さず、困った顔で、鳶色の髪の毛を耳の上で二つのお団子に結った、銀鈴を見下ろした。
 そう、一見すると、兄が妹を連れてきたように見える、仁瑜と銀鈴、実は当代寿国皇帝、皇后のおしのび姿。仁瑜は幼いころより、忠元と一緒に宮城の外を出歩いている。一方銀鈴は、庶民出で、女官募集の広告を見た友人が、銀鈴の名前で勝手に応募したら受かった、との経歴の持ち主。そのせいか、今日の出で立ちも、袖が筒状の薄紅色上衣に、中紅色の裳(スカート)。筒袖の衣装は、動きやすいので、武人や庶民層に好まれている。
 ついでに、忠元は後宮の女官教育機関「後宮太学(こうきゅうたいがく)の教師でもある。そして、芳雲と裁文も、忠元の手伝いで後宮に出入りしている。
「銀鈴さんが、わたくしのところへ、あの福地寺のチラシを持って来たのには、驚きましたわよ」
 黒く艶のある髪をア(Yに似た漢字)頭――心臓型(ハートマーク)――に結った、深衣姿の芳雲が口をはさんだ。その姿は、弁財天や吉祥天といった天女のようだ。芳雲と並んだ銀鈴は、天女の侍女だ。
 深衣とは、士大夫――知識人――階級の女性が好む衣装――古風を貴ぶ男性が着る場合もあるが――。上下別々に仕立てた衣を繋ぎ合わせて一体型にし、筒袖とは対照的な動きにくい広袖で、ゆったりとしていて、裾が曲線なのが特徴。
 芳雲が言葉を続けた。
「『天空聖地巡拝団募集』『天陽の聖地巡拝と遊牧の土地十日間の旅。雄大な自然の中で、聖典研究をしよう! 宿泊は大本山宿坊。五〇〇〇両』でしたわね。明らかに安すぎて怪しかったですわ」
「五〇〇〇両なら、わたしのお小遣いでも出せるし、面白そうだから、申し込もうとしたの。仁瑜、あなたも来ればいいのに」
 銀鈴が悪びれずに言った。
「……そうはいっても、私の立場では無理なのだが。分かるだろ、銀鈴? 行ってみたい気持ちはあるが」
 仁瑜は、渋い顔で茶をすすりながら言った。
「しかも、不特定を対象にした団体旅行を主催するのに、鉄道院総裁や府尹(ふい)・州牧(しゅうぼく)に登録しての鑑札番号が書いてなかったですから」
 裁文も続いた。
 府・州とは、寿国で最も大きい地方行政単位。府は帝都やこれに準じる地、州はその他の地。府尹、州牧は地方長官。
「この時点で、明らかに『旅行業規則』違反だよな。ただ、一〇〇万両以下の罰金でしかないが。しかも、五〇〇〇両で利益が出るわけない。長洛―天陽間は、普通列車の三等座席車でも、大人片道一万五六六〇両、半額の章に運賃でも七八三〇両。これよりも安い」
 忠元が広袖の中から取り出した携帯用時刻表の営業案内を見ながら言った。ちなみに、鉄道院の三等初乗り運賃と駅の入場料金は、一四〇両。
「ついでに言えば、ここの一番安い肉まんは一皿一五〇両だぞ」
 忠元は休家茶房の品書きを見て続けた。
 休家茶房の肉まんは、小蒸籠一段に一口大の小肉まんが三つ入っている。
「やはり、東道会の知り合いに聞いた、“観光”とは名ばかりの土産物屋連れ回しで、高い土産物を買わせまくるのでしょうか」
 裁文が忠元に尋ねた。
 東道会とは、旅行業者で作る鉄道院傘下の団体。
「天陽に、高い土産物はありましたっけ?」
 芳雲も尋ねた。
「名産といえば、じゅうたん、毛皮、薬の原料、というところか」
 忠元が答えた。
「でも、じゅうたんなら西方の緑州(オアシス)都市へ行ったほうが良い物が手に入りますよ。西方のじゅうたんは、高い物になると、家一軒分ぐらいしますから」
「家一軒買わせるのであれば、旅行代ぐらいおごっても利益は出るだろうが」
 忠元が受けた。
「やはり、“洗脳研修会旅行”か? 師兄。福地寺の研修会を受けると、福地寺が桃源郷見えるらしいが」
 仁瑜が口を開いた。
「後宮の女官の中にも、興味を持って、福地寺の教主の本を買っている人が何人か居るわよ。それも、安いからこの旅行に申し込んでみようか、と言っていた女官も居たわよ」
 銀鈴も続いた。
「その可能性が高い上、後宮の女官まで興味を示したとなると、ほっとけませんよ。教団の組織は政府組織を模倣してますし、科挙に落ちた不平士大夫の受け皿にもなってますから。全財産を寄進して出家した人も出ていますし、出家者の中から寄進財産返還を求める訴訟も起きますよ。かなり判断が難しいところなので、現場の判事たちも苦労してますが。ですので、芳雲と裁文を連れて、直接天陽まで様子を見に行ってくるんですが。それに、天陽教の法王猊下(ほうおうげいか)なら、何か知っているでしょうし」
 科挙とは、高等官登用試験のこと。
 天陽教の開祖は、太祖――寿国初代皇帝――の天下取りに多大な貢献をした。そのため、天陽教は皇家より特別の保護がなされ、代々の長は法王に封ぜられている。
「それに、科挙みたいなこと、やってましたよね、忠元先生」
「してますね、銀嬢。『福なる科挙』の意で“福挙(ふくきょ)”と称しています。殿試の合格者を、これも『福なる進士』の意で“福進士”といってますよ。そして、福進士は教団の要職について、信者を指導しています」
「何でそんなことしてるんですか」
 銀鈴がが続けけ問うた。
「福地寺の開祖は、何十年も科挙を受け続けても、郷試にすら受からなかったのが影響しているみたいですよ。府・州本山で行う一次試験を『郷試(きょうし)』、天陽の大本山で行う二次試験を『会試(かいし)』、教主臨席で行う最終試験を『殿試(でんし)』と、科挙と同じ用語を使ってます。それに、歴代教主の本を最低十冊読んで、感想文を提出するのが、入信の条件とか。これ上手いやり方ですよ。こうしておけば、確実に教主の本は売れますよ。しかも普通、本は一人一冊、一家に一冊あれば足ります。ですが布教のために、一人で同じ本を何冊、何十冊も買って配ることもありますよ。その上、信者は『これだけ勉強している!』との自覚を持ちますから」
 本物の科挙も、府・州の首府で行われる一次試験を「郷試」、帝都・長洛で行われる二次試験を「会試」、皇帝親臨の最終試験を「殿試」。そして、殿試の合格者に与えらる称号が「進士」。
「ほんとですね。こうしておけば、信者の質も上がりますよ。しかも福地寺の本、少し高いですよね。二五〇〇両から三〇〇〇両ぐらいしますから。単行本の小説が一五〇〇両ぐらいで、文庫本なら六〇〇両から八〇〇両、月間の大型版『鉄道院時刻表』が一一〇〇両なのに。色刷りの画集なら、小説よりも高くてもまだ分かりますが。……福地寺の開祖、科挙に受からなかったことを、相当悔しがっていますね」
 裁文がそう言った。
「ふるさとに居たころ、近所の私塾の先生をやってる、よぼよぼのお爺さんの口癖が『せめて挙人(きょじん)になれれば』だったわよ。それにしても、芳雲さんも裁文も早くに受かって良かったわね」
 銀鈴が、そう口をはさんだ。
 「挙人」とは、郷試の合格者のこと。官吏に準じた名士扱いを受ける。
「そうですわね。わたくしも、裁文さんも、成績は下のほうでしたけど。進士になれるのがいちばんですが、諦めて別の道へ進めればまだ良いのですが……。諦められず、受け続けるのは、悲惨ですわ」
 芳雲が答えた。
「それはそうと、天陽行なら、雲表本線(うんぴょうほんせん)の、蒼玉(そうぎょく)峠の歯軌条式(ラックレール)ですね」
 裁文が言い出した。
 雲表本線は、寿国で最も標高が高い所を走る鉄道路線。蒼玉峠は、鉄道院線で最も急勾配な箇所。
「そうそう。あの、音に聞こえた蒼玉峠の歯軌条式だ」
「……また始まったわね」
 銀鈴が呆れた声でささやいた。
「ですわね、忠元様と裁文さんの鉄道談義。二人とも、無類の汽車好きですから」
 芳雲が答えた。
「これは長くなるぞ」
 仁瑜もつぶやいた。
「忠元先生、天陽行を言い出したのは、福地寺を調べることよりも、汽車に乗りたいからじゃないの? それって、公私混同じゃないの」
 銀鈴の指摘に、仁瑜と芳雲は無言でうなずいた。
 実に楽し気な表情で、忠元と裁文は「線路勾配がどうのこうの」「閉塞法がどうのこうの」と話している。
 そうこうしているうちに、円卓の上には、次々と小蒸籠や小皿、小椀が積み上げられていった。一皿当たりの盛り付けは少なく、女性でもちゃんとした食事として取るなら、五皿は食べないと満腹にならない。盛りが少ないため、一人でもたくさんの種類が食べられることが、飲茶が好まれる理由の一つ。実際、寿国料理は大皿で出され、取り分けて食べるため、人数がそろわないと、種類が食べられない。
 肉まん一つとっても、豚あんはもちろん、宗教上の理由で豚肉を食さぬ西方人のための羊まん。変わり種では河蟹まんや、出汁や油まで植物性の精進まん。調理法も、蒸すだけでなく、焼いたものもある。また、蒸籠には羊肉なら羊、豚肉なら豚、牛肉なら牛、魚介なら魚、精進ものには野菜の焼き印が押してあるので一目で分かる。
 餃子も同様で、定番の豚あん茹で餃子に、焼き餃子。南方風の蒸し餃子。酸っぱい出汁汁の羹(スープ)餃子。
 ほかに定番ものは、焼売、蒸し鶏、羊肉の串焼き、肉ちまき、豚の醤油煮、煮玉子。
 少ないものといえば、生の海産物ぐらいだ。長洛は内陸の都市で、海までは特別急行列車で突っ走っても、丸一昼夜はかかる。そのため、海産物は干し海老、干し牡蠣、干しアワビと、どうしても乾物中心になってしまう。
 そして、休家茶房で何より目につくのは、茶商経営らしく、茶を使った点心。緑茶葉と河小海老の炒めもの、緑茶葉の炒飯、茶葉蛋――茹で玉子の烏龍茶煮――。
 その中でも、ひときわ目立つのが、翡翠餃子。皮に抹茶を練り込んだ、目に鮮やかな透明感のある、緑色の蒸し餃子。ちなみに、普通はホウレン草やニラを練り込むことが多い。
 銀玲は、その翡翠餃子を口に入れ、河小海老の触感を楽しんでいた。
『長洛名物料理案内』には、「通いわく、『翡翠餃子の良し悪しで、その店の程度が知れる』」。
 仁瑜は、肉挟モー(食編に莫)――モー(パン)に豚の醤油煮を挟んだもの――を頬張っていた。

「銀玲、少し食べ過ぎではないか? この間のように一晩じゅう戻すぞ」
 あんまん、月餅、柿子餅――熟柿を皮に練り込んだ黄色い焼きあんまん――、ゴマ付き揚げ団子を、次々と口に放り込んでいた銀玲を、仁瑜がたしなめた。
「そうですわよ、銀玲さん」 
 芳雲が、蓋付きの茶碗を円卓に置き、母のような口調で、仁瑜に続いた。
 そして、芳雲は給仕に声をかけた。
「すみません、お湯を」
「かしこまりました」
 給仕は、芳雲の茶葉が入っている茶碗に湯を注いだ。芳雲は、受け皿ごと茶碗を持ちあげ、蓋を取り、軽く振って蓋を鼻に近付け、香りをかいでから、一口すすった。茉莉花(ジャスミン)のさわやかな香りだ。迷っていたわりには結局、定番品を選んだようだ。
「閣下、そろそろお時間です」
 給仕が忠元に声をかけた。
「もうそんな時間ですか?」
 忠元は懐中時計を取り出した。針は、一二時四五分を指していた。
「そうですね。そろそろ、急行『鶴』が入ってきますね」
 天陽行き急行「鶴」の入線時間は、一三時〇〇分。
「お食事代と、ご注文いただきましたお菓子のお代は、こちらでございます」
 給仕は、忠元に伝票と、菓子・茶葉の包みを差し出した。休家茶房では、店舗入り口にて菓子や茶葉、肉まんなど比較的持ち運びしやすい点心、土産用の茶器を販売している。
 忠元は、伝票に目を通して、代金を支払った。
「ありがとうございます。ところで、赤巾をお呼びいたしましょうか?」
 給仕はそう尋ねた。
 赤巾とは、頭に赤い巾を巻いた駅内の手荷物運搬人。
「じゃ、お願いします」
「かしこまりました」

 カチカチ、カチカチ。
 改札掛が改札ばさみを空打ちする規則的な音が聞こえる。鉄道好きからすれば、小気味いい音だ。
 改札口を、「天陽聖地巡拝団」の幟を掲げた一団が通っている。
 忠元一行は、その改札掛に切符を見せて、通り抜けた。とはいえ、切符にはさみを受けたのは、乗車券、急行券、寝台券の三枚出した銀玲と、入場券を出した仁瑜だけだ。あとの三人は、鉄道院線全線優等乗車証の竹札を見せた。
「鉄道院線全線優等乗車証」とは、鉄道院が一定の地位にある官吏に交付し、全線が乗り放題になる乗車証。俗に、“タダ券”。
 赤巾の先導で、急行「鶴」の歩廊(ホーム)へ向かった。頭端式のため、階段の上り下りはない。
 長洛駅は、北棟の西側に乗車口、東側に降車口がある。そのため、一五、一六番歩廊を境に、おおむね西側が出発歩廊、東側が到着歩廊。
 人々が大きな荷物を持って行きかう通路。荷物を満載した台車が、ぶつかることなく、さっそうと動き回っていた。まさに名人芸。
 歩廊の時計は、針が一三時を指そうとしていた。
「一三時三〇分発、絹街道本線(きぬかいどうほんせん)、黄蒼本線(こうそうほんせん)、雲表本線(うんぴょうほんせん)経由、天陽行き急行『鶴』が、まもなく×番線に入線いたしまーす。足元の白線の内側までお下がりくださーい」
「貴婦人」と称される、急行型の優美な黒い蒸気機関車に、ゆっくりと押された列車が入ってきた。
 いずれも、割った竹筒を伏せたような丸屋根が特徴的な、栗皮色の客車。最後尾から、窓下に白帯を巻いた一等寝台車、一等寝台兼二等座席車――後ろ半分が白帯、前半分が青帯――、二等寝台車、帯なしの食堂車、赤帯の三等寝台車、三等座席車。そして、帯なしの荷物車兼乗務員車。

「お待ちしておりました。切符をお預かりいたします」
 年配の列車給仕頭が一行を出迎えた。背中と前掛けには、鉄道院の徽章である動輪を白く染め抜いた、濃紺地の印半纏姿。旅館の番頭という雰囲気だ。
「こちらでございます」
 寝台券を確認した給仕頭が一行を個室へ案内した。
 忠元と裁文、銀玲・芳雲・仁瑜が、隣同士の別々の部屋に入った。
 そこには、木材を多用した非常に落ち着いた部屋が現れた。使われている木材は、杉、槐(えんじゅ)、青桐。素木の木肌が美しい。
 窓を挟んで、枕木方向に向かい合った紫檀の榻には、真ん中に同じく紫檀の四角い小卓が置かれている。その小卓を挟むように、深緑の座布団が二枚敷かれていた。ちょうど縁台将棋の席配置のようだ。夜には、小卓と座布団を片付け、布団を敷いて、寝床になる。床には、紺地に緑、黄、橙、赤で、竜と獅子を描いた羊毛じゅうたん。そして、壁には鶴の絵が飾られている。
 一等寝台車は、「走る書斎」を合言葉に造られたが、まさにその通り。文人の心身を休めるのに、実にふさわしい場所。

 銀玲・芳雲の部屋では、赤巾が彼女たちの荷物を榻の下や、廊下の屋根裏の荷物棚に手際良くしまった。そして、一礼して引き上げていった。
「わたくし、忠元さま部屋におりますわ」
「分かったわ」
 芳雲がそう言い、銀玲が返事をし、仁瑜もうなずいた。
「銀玲、落ち着かぬみたいだが」
 芳雲を見送った仁瑜が銀玲の横に腰掛けていう。
「うん。なんか、場違いな感じがして、いつものことだけど。三等だったら、そんなことないんだけど。一等って、乗ってるのはおじいさんばっかりだし」
 仁瑜は、榻に乗っている小卓の上にある手箱を開いた。中には、墨と硯、筆。それから、封筒、便箋 、列車と沿線風景の絵はがき。そして、走行経路図、時刻表、沿線案内、食堂車の案内が記されたチラシ『急行「鶴」のご案内』。
「ちゃんと切符買って乗っているのだし、気にすることはないだろう?」

 一方、こちらは忠元・裁文の部屋。
「ご用がございましたら、何なりとお申し付けください」
「ご苦労様でした」
 忠元は、給仕頭をねぎらい、そっと心付けを渡した。
 給仕頭が一礼して退出するのと、ちょうど入れ違いに、芳雲がやって来た。
 

 発車を知らせる銅鑼が鳴り出した。せき立てるでもなく、「まだ間がある」と油断させるでもなく、適度に、心地良い早さで。
「じゃ、行ってきます」
 昇降口(デッキ)の銀鈴が、歩廊の仁瑜に声を掛けた。
「銀鈴、あまりまがままを言うなよ。師兄、芳雲、裁文、頼んだよ」
 忠元、芳雲、裁文は、拱手の礼――左手のこぶしを右手で包み、腕を胸の前で合わせる礼――をした。
 汽笛が一声、機関車が煙を吐き立てた。
 列車が動き出した。
 これから、急行「鶴」は、絹街道本線を南北二大大河、北河(ほくが)の主要な渡し場であり、黄蒼本線との分岐点である黄蘭まで、西に走る。
絹街道本線は、古より東西交易の最重要街道で駱駝に載せられた絹が行き交った、絹街道に沿って敷かれている。
 長洛駅の長い歩廊を過ぎて、列車は城門をくぐった。ちょうど短い隧道(トンネル)だ。長洛は四方を、建物1階半弱の高さがある城壁に囲まれた城塞都市。この城門、朱雀大門は帝都の表門――とはいえ、線路が敷かれているので、保線員でもなければ歩いてくぐることはないが――にふさわしく、城壁の上には、信号扱所でもある二階建ての楼閣が載っていた。
 城門の外へ出ると、周りは一面の田園風景。黄色い土の畑の中を、汽車は進む。この黄色い土が、良い麦を育てる。だから、肉まん、餃子などの長洛の粉食は美味だ。

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