藍馬夕彦の魔境探検
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スレ主 ロムorz 投稿日時:
はじめまして。ロムorzというペンネームで創作活動をしている者です。
この度は初めてWEB小説に連載を投稿したものの、
自分で読んでいて文章が下手に感じてなりません。
修正するために何度か意見を募ったものの、なかなか進まずにいます。
皆様のお時間がありましたら、どうかお力を貸してください。
・字数は10000字ほどになります
・「読み仮名」は省略しています
・地の文は「三人称」を選びました
・「客観」と「主観」が混ぜこぜになってしまっています
・「視点の変更」が多くなってしまっています
・「テンポ」のメリハリが悪く読後の余韻が欠けてしまっています
プロローグ
「藍間くん、肝試しに行こうよッ!!!!!!!!」
「こんなクリスマスの昼に!?」
藍間夕彦は幼馴染が町一番のわんぱくであることは常々知っていたのであるが、
まさか季節感もあったものじゃない申し出をしてくるとまでは思ってもいなかった。
やんちゃ盛りな子供にとってクリスマスの過ごし方と言えば、プレゼントを届けに
やってきたサンタクロースを待ち構えようと一晩中寝たふりをするのが定番だろう。
サンタクロースの正体なんてお父さんかお母さんに決まっているが、子供にとっては
それならそうと証明してやるのも幼気な悪戯心をくすぐらせる充分な刺激であった。
如月蓮魅もそういう女の子だ。いや、彼女の悪戯心は少しばかり度を越えていた。
体育館の端からどこまで声が届くか試そうと、力いっぱい叫んでみたことがあった。
校庭の土の下が気になり穴を掘るうち、夢中になって授業に遅刻したことがあった。
机の引き出しを隅まで撫でようとして、肘まではまり抜けなくなったことがあった。
そんな如月を周りが鼻つまみにしてしまうのは、当然と言えば当然だっただろう。
しかし、如月は自分に向けられる評判を気にも留めずに、今日も悪戯を企てるのだ。
ことの発端は昨晩の話、如月はサンタクロースを待ち構えて寝たふりをしていた。
しかし、夜の11時を過ぎた頃、如月の気持ちとは裏腹に瞼が重くなり始めたのだ。
これに如月は眠気覚ましになればと、窓を開けて外の空気を吸ってみることにした。
風に揺れるカーテンを抑えつつ町を眺めれば、夜にも拘わらずいつもよりもはっきり
景色が見えた。この日の天気は雲ひとつ無く、星によく照らされていたからだろう。
その影響だからかは定かではないが、如月はいつもと違う何かが見えてしまった。
「えっ。なにアレ・・・?」
それは、町外れの山に現れた。中腹あたりから長い影が立ち上っているのである。
如月の家から山までは寝静まった住宅街を挟み約3km離れている。いくら星明りが
あろうと都会の夜景ほどじゃない。山の影など目視できないはず。しかし、如月には
長い影が実際より間近に思えるほど鮮明に見えていた。その上、真冬の風に晒されて
いるはずなのに汗を流していた。如月はこの時、長い影が発している熱が、ここまで
伝わってきたように感じた。そんなわけが無いが、根拠もなく不思議と確信できた。
しばらくすると、如月の中で熱はどんどん高くなっていった。それだけではなく、
息が上がり、眩暈を起こし、吐き気がこみ上げる。これには彼女もマズいと思った。
如月は体が熱いならまず冷ますべきと判断し、水を求めて台所に向かおうとした。
ところが、今度は体が窓に張り付いたまま動かないことに気がついた。指先どころか
首まで固まってしまい、否が応でも長い影から目を離せない。そうしている間にも、
体調は悪化していき、呼吸に至ってはさらに荒くなって時折止まりかけるくらいだ。
「ぜぇー、ぜぇー!うっうっ!ぜぇー、ぜぇー!」
それでも如月の体は窓に張り付き動かない。彼女は、長い影になにかされたのかと
改めて山に意識を向けようとした。しかし、もはや長い影どころかなにも見えない。
激しさを増した眩暈のせいで頭が真っ白に染まったからだ。それでも体は動かない。
追い打ちをかけるように耳鳴りまで起きた。いや、耳鳴りではなく幻聴だろうか。
意味のない響きのはずのものを如月は聞こえるままにたどたどしく声に出していた。
「オ、イデ。オイ、デ」
おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。おいで。
その幻聴がどれほど続いただろう、如月は熱に耐えきれず意識を失ってしまった。
「・・・んっ、うーん」
如月が目覚めたのは日の出の頃だった。開けっ放しの窓辺に、もたれかかる姿勢で
眠ってしまったらしい。それでも、如月はあの山から立ち上る長い影を憶えていた。
その時、キィと小さな音が部屋に響いた。如月は思わず音のしたほうへ振り向く。
「あっ」
「・・・お父さん」
振り向いた先で、如月のお父さんがプレゼントを手に抱えながら扉を開けていた。
どうやら如月家のサンタクロースは、夜中ではなく夜明けにやってくるようである。
それはそれとして、如月は昨晩の出来事を振り返っていた。あれは夢だったのか、
現実だったのか定かではないが、あの長い影にもたらされたただならぬ恐怖が確かに
如月の中に刻まれていた。朝ご飯でも、歯磨きでも、プレゼントを開ける時ですらも
上の空で、お父さんとお母さんにいくら心配されても生返事を答えるしかなかった。
そして、如月自身は両親の気持ちを意に介さずに、そそくさとスニーカーを履いて
町へ走り出すのだった。向かう先は言わずもなが、長い影が噴き出した昨夜の山だ。
しかし、あの「おいでおいで」という幻聴に従おうと山を目指すわけではなかった。
「あっ、如月ちゃーん。そんなに急いでドコ行くのおー?」
そうしてすれ違いざまに彼女を呼び止めたのは、隣に住む藍間夕彦という男の子。
藍間は如月のことだからまたおかしなことを考えているのだろうと半ば決めつけ、
嬉々として駆け寄る彼女が今日はなにを企てているのか期待した。彼は如月の悪戯に
辟易しがらも共謀しがちなため、周りは二人揃って鼻つまみ者にされていたりする。
「藍間くん、肝試しに行こうよッ!!!!!!!!」
「こんなクリスマスの昼に!?」
まさか季節感もあったものじゃない申し出をしてくるとまでは思っていなかった。
如月は間髪入れず事のあらましをまくしたてると、彼の手を取りまた駆け出した。
その強引っぷりに藍間は呆れつつも、親にも内緒で誘ってくれたことが嬉しかった。
「だから藍間くん、一緒に山を探検しようよ!!」
「行っても良いけど、化け物に『おいでおいで』されたら普通は逃げるよね?」
――「如月ちゃんの頭のネジどうなってんの?」とまでは言えない藍間であった。
心霊スポットを探検してなにがやりたいのか。仮に幽霊や怪奇に遭遇したとして。
そこからなにがやりたいのか。如月蓮魅も藍間夕彦も、そんなことは考えもしない。
「幽霊かもしれないモノを探してる気がするのが楽しいのよォ~!!!!」
「ねー」
そもそも、昨日の山を目指しているものの真っ直ぐに進んでいるのかわからない。
これは学校や公園でいつもやってきた悪戯の延長だ。ただ楽しそうだから行きたい。
漫画や映画みたいな超常現象を体験してしまったからには食いつかずにいられない。
夜に味わった非日常に浸りたいがために、どこでも良いから山を登るつもりなのだ。
藍間に至っては、如月が語った長い影を見てもいないのに揚々と付いてきていた。
そうこうしているうちに日没なろうかという頃になり、二人は麓まで着いていた。
そして、そのあたりから拾った枝を振りつつ、鼻歌交じりに山頂を目指すのだった。
なお、如月が見た長い影は中腹から立ち上っていたので中腹を目指すべきなのだが、
別に幽霊探しがしたいのではなく、楽しいお出掛けがしたいので山頂を目指すのだ。
「わぁー。すっかり枯れ木でいっぱいね」
「如月ちゃん、枯れ木じゃなくって落葉樹っていうんだよ」
「そうなの?まぁ、どっちでも良いわ」
山道へ入ると、一歩ごとに葉がカサカサと音を立て、伸びた草木に時折擦られる。
もとより整備が行き届いていない上それなりに傾斜があるせいで、体力が有り余った
わんぱく者たちも段々と疲れを見せた。ここが冬でも降雪量が少ない地域で幸いだ。
しばらくして黙って登るのにも飽きた藍間は、如月に例の長い影について聞いた。
「そういえばさ、如月ちゃんが見た長い影ってなんなんだろうね?」
「なにって、そりゃ幽霊よ」
「幽霊・・・というか、お化けにも色々あるじゃん。それこそ死んだ人間の魂だとか、
そうじゃなきゃ動物や自然が力を得たんだとか。なんにしろ、遠くから如月ちゃんに
襲い掛かることができるなんて、結構強そうじゃん」
「そうね。正体なんて私にもわかんないけど、もし会えたら仕返ししてやるわよ!」
「ハハハ。仕返しかー」
如月の意気込みに生返事を答えながら、藍間は長い影の正体を考察してみていた。
藍間は普段からオカルトに目が無く、幽霊や妖怪の伝承には学校で一番の物知りだ。
この手の超常現象には目が無く、自分も体験してみたいなどと思ってたほどである。
「まぁ、如月ちゃんのは聞く限りじゃ金縛りに近いね。ヨーロッパじゃ悪魔の仕業、
アメリカじゃ宇宙人の仕業と考えられてるんだ」
「宇宙人ぅ~?アメリカってそういう趣味なんだ」
「科学や医学での金縛りは睡眠麻痺といって、まぁ病気とされてるね」
「長い影が見えたり、『おいでおいで』と聞こえたり、これも金縛りなの?」
「金縛りが睡眠麻痺ならあり得るよ。そもそも睡眠麻痺は特殊な悪夢のことだから、
普通の夢みたいに映像や音を伴うのは不思議じゃないね」
「えぇー、全部夢だったの?・・・なんか、ガッカリして帰りたくなってきちゃった」
「でも、窓辺で目覚めたことだけは説明がつかないんだよねー。金縛りや悪夢なら、
布団で目覚めてるはずだよ」
「うーん。でも、もうどうでも・・・」
――と、その時。如月の視界の端でなにかが動いた。咄嗟に目で追うと、そこでは
草がしきりに揺れていた。さらに、草の間から決して植物ではない黒い物が見えた。
「藍間くん、そこでなにか動いたよ!」
「うん、見えたよ。たぶん猫じゃないかな?」
如月も藍間も慌てて揺れる草に駆け寄った。二人からすれば肝試しの盛り上がりが
萎みかけていたところに、謎の乱入者が現れたのだ。その姿を一目見ようと必死だ。
二人が声を荒げつつ草をメチャメチャに搔きわけると、それは勢いよく飛び出した。
それは体長が脛の高さほどの黒い毛むくじゃらの生き物。関節が異様に短いのか、
あるいは無いのか、手足も耳も首も見当たらない。顔にあたると思われる位置には、
ガラス玉に似たハシバミ色の目が二つ並んでいた。猫とも兎ともつなかい哺乳類から
突起を取り払い毛を伸ばしたような、さながらブラシのボールと言うべき姿だった。
名前もわからない生き物を前にした二人は、目を剥いて茫然とするしかなかった。
生き物の出方を伺ってみると、視線を仕切りに泳がせたのちに二人へと向き直った。
それが心なしか姿勢を正した素振りに似ており、かえって異様さを際立たせていた。
そして、生き物はあるかもわからない口からゆっくりと鳴き声を上げてみせたのだ。
「えっと、チ、チュ~・・・」
「知らない生き物が鼠のフリしてるゥゥゥゥー!!!!!!!!」
「幽霊より不気味ぃ!?」
二人が叫ぶと同時に、生き物は木々の向こうへ地を滑るように逃げたかと思えば、
時に根や岩があれば高々と跳び越えていき、二人をみるみるに引き離してしまった。
「待て待て待てぇー!」
「捕まえろぉー!」
「チュウウウウー!?」
それでも如月も藍間も生き物を辛うじて見失うことなく追っていく。慣れない山で
走り続けて息も絶え絶えだが、二人は今が心底面白くて仕方ないとばかりの表情だ。
追いかけっこがどれほど続いたのだろうか、気が付けば木々を抜けて道路に出た。
既に二人は疲れ切って足が止まりかけていたが、生き物は依然と身軽に走っていく。
やがて道路を越えた先にトンネルが見えるや否や、中へまっしぐらに入っていった。
もはや如月も藍間もそれを目で追う他なく、ついに生き物を取り逃がしてしまった。
そのトンネルは最後に人の手がかかったのがいつなのか、汚れ塗れでひびだらけ。
あたりに設置されてある電灯は、すっかり日が落ちているのに点灯する気配がない。
風が吹こうものなら山の木々が揺れると共に、形容し難い音が壁から反響してきた。
「あ、ここって」
「どうしたの藍間くん?」
藍間はトンネルから振り返り息を飲んでいた。何事かと如月が続けて振り返れば、
二人が暮らす住宅街が一望できた。もしやと向き直れば、トンネルの先に暗い中でも
山頂がそびえているのがわかった。ここは如月が長い影を見た山の中腹だったのだ。
偶然かもしれないが、二人はこのトンネルこそ長い影の住処に違いないと思った。
「あの猫モドキは、長い影の正体かな?それとも長い影の仲間かな?」
「なんとも言えないね。でも、トンネルの中に行けば全部わかるよ」
「藍間くんが先ね。行って!行って!」
「えー。行っても良いけど、こういうの僕ばっかりやらされるんだよなぁ・・・」
ぼやきながらも藍間はどこか軽やかな調子でトンネルへ入った。後に続いた如月も
同じくらい軽やかだ。向かう先の果てしない暗闇も、二人の好奇心を煽るばかりだ。
入ってすぐに感じたのはヘドロの異臭だった。どうやら中で漏水しているようで、
耳障りにもチョロチョロと響いてくる。そこに苔や泥が溜まっているらしく、不快な
感触が仕切りに足を取る。それらは視界の悪さで際立ち、ライトを持ってこなかった
ことを心底後悔させられた。藍間は如月に引き返さないかと背中越しに言ってみた。
「ねぇ、やっぱり帰ろうよ」
「いって」
しかし冷淡なくらいの即答を返されてしまった。如月は悪戯においては意固地だと
知っている藍間は渋々前に出て、あのヘドロを踏みしめる感触を受け眉をひそめた。
あのブラシのボールのような生き物はこんなところを平気そうに通ったらしいが、
「毛むくじゃらの体では、一瞬で汚れまみれてになりそうだ」などと藍間は思った。
実際に藍間は靴も靴下もビショビショだ。うっかり転べばこれを全身くらうわけだ。
藍間はふと、これほどヘドロだらけなら生き物の足跡が残っているはずと気づく。
しかし、すっかり暗闇に包まれてしまいこのまま目で確認することは不可能だろう。
そもそも、ライト無しにこれ以上進むのは危険だ。先ほどまでは入り口から多少の
明かりが差し込んでいたが、奥に進むたびに薄れてきて壁伝いでなければ動けない。
藍間は今日のところは諦めて、続きは準備を整えてからにしようかと後ろへ伝えた。
「これ以上は危ないしさ、続きは明日にしようよ」
「いって」
またしても即答で続行を促されてしまった。藍間は言ってもわからないだろうし、
そのうちに向こうから帰りたがることを期待してグチャグチャのトンネルを進んだ。
だんだんと藍間の中で苛立ちが募り始める。彼からすればこのわんぱくこそ如月の
持ち味であって今更どうこう咎めるつもりは無いが、こればかりは度が過ぎている。
如月が悪戯をする時は、いつだって藍間と二人で仲良く楽しむためのものだった。
ところがこのトンネル探検は、明らかに危険を伴う上に藍間ばかりが損をしている。
藍間を痛めつけるようでは双方ともに楽しいはずない。どこか如月らしくなかった。
如月らしくないと言えば、さきほどから彼女はやけに静かだ。「暗いわ!」だとか
「鼠モドキ出て来い!」だとか、今頃は引っ切り無しに騒ぎ声を上げていただろう。
藍間は気づいてしまった。自分の背後にいる相手の顔をずっと見ていないことを。
「ねぇ、如月ちゃん」
「いって」
「さっきから、どうして顔を合わせてくれないの?」
いつ入れ替わったのか、そこに居たのは如月蓮魅でなければ人間ですらなかった。
まず目についたのはてっぺんのやや縦長に伸びた球体。その中央にペンで何重にも
渦を描いたようなデタラメな黒丸が2つ並んでおり、さながら人の顔を想起させる。
球体が顔だとすれば、下に伸びる太い紐状の部分は胴だろうか。4本に枝分かれし、
うち2本は地に着いており、残りの宙に垂れる2本は先がさらに5本分かれている。
実際には全く異なるのだが、その化け物の姿は歪ながらもまるで人間に似て見えた。
歩くのもままならない暗黒のトンネルの中でありながら、ハッキリ見えてしまった。
「イってヨぉオおおォオおォおおぉおオオォオォオぉぉぉぉオおおォぉお!!!!」
藍間夕彦はどうしようとも理解できない現実に直面し、後悔先に立たずの慣用句で
頭がいっぱいになった。時間を巻き戻す魔法があるなら、是非とも利用したかった。
「いッテ!いって!イッテ!イっテ!」
「うぅわあぁあぁああああー!??!?!!?!!?!?」
化け物から再び言葉を発せられて、藍間はようやく事態を飲み込んで逃げだした。
しかし、走れども走れどもトンネルから抜けられない。先にはどこまでも土の壁が
続き一向に景色が変わりそうもない。これほどまで長いトンネルは藍間は初めてだ。
「そもそも、こんなに走りやすいトンネルだったのか」と藍間は不思議に思った。
化け物の姿もそうだが、道の遠くまで暗闇に遮られずに見える。明かりもないのに、
急に視界が良くなっている。おまけにあれほど足元を取っていたヘドロが無くなり、
硬い地面が剥き出しだ。気がつけば、ここはさきほどまでのトンネルではなかった。
立て続けに襲い掛かってきた異常事態に、藍間の恐怖は過去最悪に高まっていた。
化け物に追いつかれたら殺されるに違いない。トンネルに出口は無いかもしれない。
そんな絶望的予感が次から次へと頭に浮かんでは彼の恐怖心をますます増長させた。
「チュー!」
「え、お前は」
突如、藍間に何者かが呼びかけた。「いって」と繰り返してくる化け物ではない。
トンネルの遠い向こう側から現れたそれは、あの鼠をふりをした黒い生き物だった。
生き物は丸い体をしきりに振った。人間ならば後ろへ顎で指す動作に近く見える。
「逃げ道はこっちだ。速くおいで」とでも言わんばかりに藍間を導きたいのだろう。
しかし、藍間からすれば2つの異形に挟まれてしまった状態だ。そうでなくとも、
元はと言えばこの鼠モドキをここまで追ってきたためこのような事態を招いたのだ。
追う追わないを決めたのは自業自得だが、なんにせよ彼には手放しに信用できない。
かと言って、こうしている間も化け物との距離が縮まりつつある。幸い、こちらは
子供でも走れば引き離せるくらいには足が遅いようだが、それも時間の問題だろう。
鬼が出るか蛇が出るか、選択を迫られた藍間の額に玉のような汗がドッと流れる。
「いって!いッて!いっテ!いッテ!」
「チュチュチュ!」
「・・・クソッ!騙したら雑巾にしてやる!
藍間は悩んだ末に悪態混じりだが、黒い鼠モドキのいる向こう側へと駆け込んだ。
それを確認するや否や、鼠モドキは入れ違いに化け物へ小さい体で立ち塞がった。
人間モドキの化け物の前では、鼠モドキは毛玉のように吹けば飛んでしまいそうだ。
両者の圧倒的な体格差を見せつけられた藍間は、堪らず不安の声を投げかけていた。
「お前、戦えるの?」
「チューウ!」
鼠モドキが大きく鳴き声を上げると、その両目の間からキラリと光が発せられた。
いや、実際には2つの目に加えて、一際強い光沢を帯びた第3の目が開かれたのだ。
矢継ぎ早に鼠モドキは、3つの目を炎のような緋色に染めて化け物を睨みつけた。
たちまちに火柱が上がったかと思えば、化け物の異形の五体を飲み込んでしまった。
身を焼かれた化け物は叫び散らしながら地に伏した。そう掛からず灰と化すだろう。
「や、やったー!」
「チュチュ~ン!」
「すごいよ、お前!パイロキネシス使えるのかよ!?」
なんだかんだあったものの、鼠モドキは危機から藍間を見事に守ってみせたのだ。
もっとも、この鼠モドキも化け物に違いない。藍間は感謝すれども内心複雑だった。
それに、この謎のトンネルから脱出しなくてはいけない。鼠モドキが出口へ案内を
してくれると言うなら話は早いが、藍間はまだこいつを手放しに信用できずにいる。
明確に命を狙ってくる素振りを見せないが、なんとか自力で脱出を図りたいものだ。
そんな胸三寸を藍間は、化け物を包む火炎を眺めながら溜め息交じりに考えていた。
すっかり丸焦げになっていたが、勢いは収まらず煙と異臭を伴って広がり始める。
ただでさえ密閉されたトンネルの中で、こうも大きく燃えると危ないかもしれない。
「・・・ちょっと待って、まさか」
「チ、チュ~?」
やつの体は可燃性が高いのか、偶然にも可燃ガスがトンネルに溜まっていたのか、
はたまた鼠モドキが加減を間違えてしまったのか。炎は一行に鎮火する様子がない。
それどころか音を立て弾け出している。藍間は嫌な予感がして一目散に踵を返した。
「逃げろォーーーー!?!?!?!?!?!?!?!?」
「チュウゥーーーー!?!?!?!?!?!?!?!?」
火は一瞬にして広がった。一度点いてしまえば、そこにある燃えうる物体を残らず
燃やし尽くすまで止まらない。火が火を呼び、いくらでも膨れ上がろうとするのだ。
さならが男が乙女を抱きしめるように、どこまでも見境無く光と熱を振り撒くのだ。
宙を黒煙で覆い、地を轟かせる様は、「我が業は破壊にこそ在り」と叫ばんばかり。
いずれは燃やす物を失い消えてしまうだろう。それこそ、避けられない火の在り方。
なればこそ、力を尽くし、あるいは火の在り方を定めた天をも燃やさんと爆発する。
定めに従い火が消えようと、後に残る灰だけはその美しい勇姿を語る継ぐのだろう。
「爆発なんて最低だ!バカヤロォォォォーーーー!!!!!!!!」
かくして、目前が紅蓮に染まろうというところで藍間の意識は途絶えてしまった。
藍間が気がつくと、そこはトンネルの入り口だった。彼は朝日が差し込む住宅街を
一望し、次いで五体満足の自身を確かめ、元の世界へ帰ってきたことを噛み締めた。
いや、全ては夢だったのかもしれない。なぜなら、藍間の周りにはもう鼠モドキも
化け物もいないのだから、トンネルの中で起きた出来事を証明する材料が無かった。
こんな山の中でどうして気絶していたのかはわからないが、もうどうでも良かった。
藍間はすっかり安心してしまい、ヘトヘトの足取りでゆっくり山を下りたのだった。
1時間余りかけて家に着いたが、今の藍間にとってはあっという間の帰りだった。
玄関には大人が大勢集まっていた。それを藍間は茫然と眺めていると、集まりから
2人が大慌てで彼の元へ飛び出してきた。言わずもなが、その2人は藍間の両親だ。
「夕彦!!良かったわ、無事だったのね」
「ダメじゃないか夕彦!ずっと心配してたんだぞ!」
「お母さん・・・、お父さん・・・。ゴメンなさい」
涙ながらに抱きしめてきた両親に、藍間は今にも眠りそうなところなんとか謝る。
彼は迷惑をかけたことに胸が張り裂けそうだが、同じくらい疲れに潰れそうなのだ。
汗と泥でベトベトな上に、自分でも鼻をつまみたくなるこの体を綺麗にしたかった。
そんな有り様でもお構いなしに、いっぱい両親が抱きしめてくれて彼は嬉しかった。
「ねぇ、蓮魅は?」
「・・・・・・え?」
藍間は冷や水をかけられたようだった。藍間親子に声をかけたのは如月の両親だ。
藍間は身を守るのに必死で今の今まで忘れてしまっていた。トンネルへ行ったのは
自分だけではない。そもそもトンネルは、如月に誘われて行ったのではなかったか。
トンネルの入り口を最後に如月の姿を一切見ていないが、彼女はどこへ消えたのか。
自分だけ助かったことをだんだんと理解し始めた藍間は、一気に血の気が引いた。
対して如月の両親は顔を真っ赤にして、激しい剣幕で藍間に怒鳴り散らしてきた。
「どうしてお前だけ帰ってきて、蓮魅は帰ってこないんだ!?」
「アンタが消えれば良かったのよ!!」
「そうだ、お前が消えれば良かったんだ!!蓮魅を返せ!!」
「如月さん落ち着いてください」
「黙っててくれ!まだ蓮魅が帰ってこないんだ!」
「イヤァアアアアー!!蓮魅ィー!!!!」
「蓮魅ィー!!!!」
暴れる如月家を集まった大人たちはなんとか宥めようとする。藍間は逃げるように
家の中へ駆け込んだが、その間も扉の向こうから如月家の悲痛な叫びが耳に入った。
その後は警察の捜索を進められたものの、如月蓮魅は発見されなかった。やがて、
行方不明のまま両親により死亡届が出されることになるのだが、それはまだ先の話。
藍間が山から帰ってきてしばらくは、藍間家は如月家から執拗に責められ続けた。
いたたまれなくなった藍間家は、ほどなくして引っ越しを決断し他県に移っていく。
その荷造りの最中で、藍間はトンネルで起きたことを思い出していた。あれが夢で
ないとしたら、如月はまだトンネルの中に取り残されているのか、はたまた自分より
先に化け物に捕まって亡き者にされてしまったのか。そんな考えが頭に溢れていた。
とは言え、トンネルの中はとっくに警察が調査している。しかし、聞いたところに
よると、現状では如月の行方を示す手がかりに繋がるものは一切見つかっていない。
藍間は窓から外を眺めた。如月が長い影を見たという山の中腹は、藍間の家からも
見える。藍間はあれから毎晩山を観察したものの長い影とやらはまったく現れない。
「チュー」
「・・・お前は!」
ところが、長い影ではなかったが、あの鼠モドキが窓に突如張り付いてきたのだ。
あの山で出会った通り、黒く毛むくじゃらでボールのような姿。一つだけ違うのは、
その頭になにかを担いでることだった。ともあれ藍間はあのトンネルが夢でなかった
ことを確信し喜んだ。それに鼠モドキなら如月を探す力を貸してくれるに違いない。
「なぁ、お前は何者なんだ?あのトンネルは?如月ちゃんが見たという長い影は?」
「チュー」
「『チュー』じゃわかんないよ」
藍間は慌てて窓を開き、鼠モドキを中へ迎えた。そして鼠モドキは続けさまに頭の
荷物を藍間に投げ渡した。咄嗟に受け取るも、その重さに藍間は思わずよろめいた。
一瞬レンガと見間違えたが、渡されたのは真っ黒い革で装丁された分厚い本だった。
藍間は怪訝な顔をしつつも、これ見よがしに栞が挟まったページを開いた。そして
「ヒッ」と短く叫びながら、堪らず本を落としてしまった。そこに載っていたのは、
あの時に藍間に襲い掛かってきた化け物の挿絵だった。彼が見た通りの人間モドキが
精巧に描かれており、あの時の恐怖を鮮明に思い起こさせられ真っ青になっていた。
しかし、化け物の解説を記してるであろう文章は古い外国語らしく藍間にはまるで
読めない。さらにページをめくってみると、様々な化け物の挿絵や奇妙な図形と並び
同じ言語の文章がびっしりと記されてある。藍間にはただの1つも文章を読めない。
なぜこのような本を渡されたのか、最初に出された化け物の挿絵から想像はつく。
これは藍間がまくしたててきた疑問に、本を通じて答えようとしたのだ。鼠モドキは
藍間が如月を探すために必要な知識を甲斐甲斐しくもこうやって授けてくれたのだ。
「・・・お前の名前は『クロ』で良いか?」
「チュ?」
「僕にはやらなきゃいけないことができた。でも、その為にはお前の力がどうしても
必要なんだ。だったら名前がないと不便だろ?」
「チュー」
「気に入った?じゃあ、これからよろしくなクロ」
しばらくして藍間は引っ越した。あんなことがあって、見送りには誰も来なった。
クロはと言えば、隠れるのが得意なようで家族には秘密で連れていくことができた。
高速道路を渡っていく車内で藍間は本を開く。やはり内容はまるでわからないが、
一先ずは訳語辞典を探すべきだろう。親を巻き込めないので、単独でトンネルへ戻る
算段もつけなくてはいけない。早くも課題が山積みだが、藍間は決して揺らがない。
「僕はやるぞ。何年かかっても、絶対に如月ちゃんを連れ戻す!」
スレッド: 藍馬夕彦の魔境探検
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