ヴァルム・スローパー
スレ主 長巻 ヤモリ 投稿日時:
タイトルのヴァルムには、暖かいという意味と、作中の過去、存在していた蛇竜を示す意味があり、
スローパーは作中の言語で人を意味する為、
直訳すれば、暖かい人、或いは蛇竜人を意味します。
作中の主な舞台となる異世界に、それとはまた異なる世界から主人公がやってくる所から話が始まります。
プロローグ
どこまでも広がる青い空、磯の匂いを運ぶ潮風すら暖かい南方の孤島。
紺碧の波が奏でる優しい音色が、照り付ける陽の光さえ穏やかに感じさせるここは、まさに南の海の楽園。
その楽園を囲う透き通った浅瀬の海中に、一つの影が現れた。
底の見えない純粋な青色の沖合いから進入してきた影は、ゆっくりと、だがまっすぐ孤島の浜辺へ向かって――《《歩いていた。》》
その影は、海の中を住み処とする生物とはかけ離れた姿、一言で表せば、この世界に数多く存在する人と呼ばれる存在と似た形をしている。
それ故に歩くという動作を行うことが可能なのだが、人影、と呼ぶには少し頭の形が違って見える。水面越しで像が歪んでいるからだろうが、それ以上に問題は、その影が歩行しているのが水の中だという事だ。
本来、人という種族は水中に常時潜り続ける事は出来ない。仮に無謀にも息が続かなくなった後も留まり続ければ、溺れるのが常識。最悪の場合死が待っている。
にも関わらず、孤島を目指す進入者は、溺死の気配はおろか、呼吸が出来ず苦しむ素振りすら見せる事なく一歩一歩、確実に島との距離を縮めていく。
やがて、自身の背丈とほぼ同程度の水深部まで辿り着いた影は、一旦足を止め、ザバ! と乱暴な音を立て、海上に首から上を出した。
水面越しによる見間違いではなかった。
進入者の頭部は、
ここに至るまでに通ったであろう深い深い海中に染まった様に青黒い肌……もとい鱗に覆われ。
白目も瞳もなく、大海の最深、一筋の光も通らぬ深海の如く真っ黒な両の眼をした――
この世界で、蛇と呼ばれる生き物に酷似した|形《なり》をしていた。
お世辞にも人とは言えない進入者は、微かに眼を細めて顎を開く。その瞬間、ずらりと並んだ牙や三叉に分かれた舌、果ては体内に至るまで、両眼同様真っ黒なのが見えた。
吐息と共に呻きとも唸りとも取れる声を出し、再び歩みを再開する。
底が浅くなるのに比例して進入者の首から下が徐々に|露《あらわ》となり、それに伴って子供の水遊びに近い水音が波の音色に混ざる。
やがて、進入者は全身が海中より解放される水域まで到達する。
頭こそ蛇である事や、見上げる程の背丈と筋骨が隆々とした巨体である事を除けば、人族、所謂男と呼ばれる存在とほぼ同じ体をしており、袖のない上衣を着込み、脚絆を巻いた長ズボン、短靴を履いた姿も、衣服を身に付けた人族と合致する。
だがやはりと言うべきか、普通の人族と異なる点がまだあった。
進入者の両の肩と腕は、進入者の物ではなかった。
厳密には生身ではなかった。
その腕は、鱗、即ち体色に併せた色合いの塗装を施された、機械仕掛けの人形か、或いは板金鎧の籠手を思わせる光沢を放つ義肢であった。
つくづく異質な容姿の進入者、もとい上陸者は、尚も足を進め、太陽の恵みを受けて、砂の一粒一粒が純度の高い研磨された宝石に値する煌めきの|白浜《しらはま》に、不釣り合いな黒い足を踏み入れ、眼前に眼を見張る。
目の前に広がるのは楽園。
遥か遠い島の中心。眼下に街を構えて城がそびえる城下町宜しく、巨大な火山が位置し、その周囲から島の殆どに至るまで、木々が生い茂る、まさに人界未踏の孤島。
その光景をしばし無言のまま眺めていた上陸者は、酷く疲弊した風に「フハァー……」と息を吐き出す。
「どこだ、ここは……」
義手の指を本物さながらに乱雑に動かし、自身の頭を掻きつつ、蛇頭の上陸者は流暢に言語を口にした。
渋く、低い、外見に違わぬ声色だったが、同時に心底からめんどくさそうな声音だった。
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