境界の護り人
スレ主 ソラナキ 投稿日時:
幻想的な雰囲気が出ているか、判定どうかよろしくお願いします。
プロローグ
こぽり、こぽりと、泡が逝く。
出でて、上がって、ぽつんと消える。それがたとえ水底みなそこであるのだとしても、泡は地上と変わらない。
『子よ。その昔、聖なる海にて沈みし子よ。汝、海の申し子となりて、我らが聖域を救うか?』
口から漏れ出、浮かぶ泡とは対照的に、何も見通せぬ無窮の海。そこに沈み行く少年の首に吊り下げられた仄かに青く光る巻き貝。そこから、幾重にも重なった声が響く。
男、女、子供、老人、老若男女善男善女。多種多様な人間の声が積み重なって、少年の頭の中を震わせていた。
「……わからない」
対する声は、か細く、未だ成熟していない男おのこの声。十二ら辺にも見えるが、その黒い瞳からは覚悟を決めた光を放つ。
「わからない。僕には、わからない。あの世とこの世が入り混じるとか、僕が海の護り手だとか、そんなのは、僕にはわからない」
だけど、と泡とともに出た声は、静かに海中を広がって行く。
——そして、ぽわんと、周囲が一気に明るくなった。少年の下から登ってくる光の球が、少年をあやすようにして眼前をふわりと舞ったからだ。
それと同時に、周囲の暗黒が晴らされる。
幾千、幾億、数え切れぬほどの光の球。そこまで大きくはないものの、それでも集まれば水底の闇など簡単に晴らされる。
気付けば、少年は光の球の渦巻く龍の目の中にいた。
「……でも。そうだ、僕には、この世界が、綺麗だと思えた」
少年は微笑んだ。同時に前髪が海流によって逆立ち、少年の端正な顔立ちが浮き彫りになる。
「だから僕は、この世界を守りたい。貴方の決定じゃない、僕は僕自身の意思で、この輝く世界を守りたい」
|巻き貝の首飾り(ニライカナイゴウナ)が、その光度を増す。少年の意思に呼応するように、水色の光が少年を包み込んでいく。
「だから、海よ。大いなる、魂の還る母なる海よ。僕に力を貸してくれ。
この世界(うみ)を守れる力を。この魂たちの嘆きを示す、安息の代行者の力を、どうか貸してはくれないか」
それはもはや、魂の吐露。
おそらくこの世で、もっとも死に近しい大海の中に在るがゆえに出た、正真正銘の心の声。
『承諾した。汝は海の子、護りの子。その|巻き貝の首飾り(ニライカナイゴウナ)こそが、我らを繋ぐ門にして契約の証。努努ゆめゆめ壊してくれるなよ』
「——当たり前。僕は、物持ちが良い方だからね」
少年は静かに目を閉じる。
『感謝と祝福を。この時勢にて、海を顧みる人間は数少ない。ゆえ、このような事態が起き、そして聖海の食物を食らった汝を見つけ出せたことは僥倖であった』
海は契約を言祝いだ。
『世界は電波にて一つになり、世界認識は一致した。だがそれは㐂よろこばしきことでなく、浅く愚かな知恵を持つ者共が行いによって、聖海は魔界と一括りにされ、襲来する異形によって魂は安息を失った。
で、あるならば、それを正す者が必要不可欠。我、聖なる海たるニライカナイも、それに賛同せし一つである。
——我らは、それを護り人と呼ぶ。人の身でありながら、理想郷の力を借り受けることを許された者。汝、北条奏かなでもその一人として選ばれた』
少年は未だ目を閉じて、静かに海を感じている。魂の輝きと嘆き、海の静けさと苛立ちを、全て我が身に収めるが如く。
『誉れ高き聖海の護り手よ。言葉を紡げ。感情を発露し、祈りを掲げよ』
目を緩やかに、されどしっかりと開く。その瞳は、まるで海のような青い色に染まっていた。
こぽりと口から泡を吐き出し、開く。海水が入ってくるが、それを気にすることはない。気にすることに、意味はない。
「祖霊神(ハイドナン)・儀来河内(パイパティローマ)——!」
——その日、その時、その瞬間。
海の護り手が、現世にて生まれた。
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