マンスリーセレブ
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スレ主 エア 投稿日時:
以前、こちらでも投稿したのですが、別サイトで「題名にセンスが無い」「題名でネタバレしている」という意見を貰ったので、良い題名案について相談したいと思い、こちらに投稿させて頂きました。
皆様からのご意見、よろしくお願いします。
あらすじ
高校時代、いじめによる事件の被害者として報じられたにも関わらず、成績・素行不良が原因で退学処分、引きこもりの末、痺れを切らした両親から家を追い出された花井亘宏は、
チンピラに絡まれていた所、偶然通り掛かった美女・里山梨華に助けられた事が縁で彼女が住む豪邸に住む事になる。
まさかのセレブ生活に戸惑う亘宏だったが、侍女の鳴海加奈からご奉仕されたり、豪華な食事をしたり、
憧れたファッションブランドの服を着たり、パーティーで出会った美女と一夜を共にしたりと、豪勢な日々を送るうちに、次第にのめり込んでいくが、
加奈から「早くここから逃げた方が良い」と告げられる。
しかし、豪遊生活から一か月後、見覚えの無い借金を請求させられ、地下のキャバレーに連れて行かれる。
そこでは、人肉を食べるカニバリズムショーが行われており、亘宏も料理されそうになるが、加奈に助けられた。
実は、亘宏の行動は『マンスリーセレブ』が逐一監視しており、彼の様子をネット配信する形で会員に公開していた。
そして、自身がどんな行動を取るか、どんな反応をするかをプレイヤーが賭けていたのだった。
なのに、何故加奈は亘宏を助けたのか。実は加奈は、かつて倒産で失踪した兄の行方を捜して、ここに潜入したという。
だが、材料がいなくなった事に気付いた敵が2人を追いかける。
敵を前に弱気になる亘宏だったが、加奈から檄を入れられて、ここから逃げる為の作戦を企て、一矢報いるが囲まれる。そこへ梨華が現れた。
実は、彼女はギャンブル『マンスリーセレブ』の主催者だったのである。
追い詰められて絶体絶命の2人だったが、突如警察が現れて梨華を始め部下は全員逮捕された。
しかし、加奈も梨華の命令とは言え共犯していた為、この後自首すると告げる。
やるせない気持ちになった亘宏だったが、「今度会った時も職に就いていなかったら承知しないから」と言われ、亘宏は新たな一歩を踏み出す。
プロローグ
「アンタの面倒を見るのは、もうたくさん! 今すぐこの家から出て行って!」
数日前、ボサボサ頭に灰色のパジャマを着た状態であるにも関わらず、母親からの勘当と共に、花村亘宏は父親の手で自宅を追い出された。
原因は、自分でも分かっていた。分かっていたけど、どうする事も出来ず、仕事もせずに家でスマートフォンの画面に映る二次元美少女のあられもない姿を見ながら自慰に耽け、現実から目を背け続けたばかりに、この様な有様となってしまった。
いつかはそんな日が来るかもしれないと心のどこかで思っていたけど、いざ訪れたところで、成す術は全く無かった。せめて、なけなしの小銭とスマートフォンだけでも、持たせて欲しかったのだが、勘当された以上、そんな事を聞き入れてくれる訳がなかった。
家を失い、路頭に迷った事から、どうにか仕事を探そうとコンビニに入って求人誌を手に取り自分が出来そうな仕事を探した。
しかし、学歴はおろか、何の資格も特技も無い人間が就ける仕事はそうそう無く、すぐさま求人誌を投げ捨てたが、後になってよく考えてみれば、履歴書の購入や無人で証明写真を撮る為の金も無かったので、仮に良い仕事が見つかったところで無意味と気付いた。
こういう場合、役場やNPOに相談するという手があるが、エロ画像ばかり見ていた亘宏がそんな事を知っている訳が無かった。
スマートフォンも両親から奪われているので、ネットで何か方法を探す事も、匿名掲示板やSNSで助けを求める事も出来なくなり、もうダメだと思いつつ、かといって行く当ても無く、彷徨いながら歩き続け、結局近くの駅のベンチで夜を過ごした。
そんな生活を数日続けていたら、多少は痩せてくれても良いのだが、ウィンドウショッピングのガラスに映っていたのは、脂肪を溜め込んだ汚い浮浪者の姿だった。
そして、夕方。そろそろ空腹の限界が来た。今までは駅に近い公園の水道水で飢えを凌いでいたが、そろそろ食物を口にしたくなった。だが、肝心の金が無いので、どうすれば良いのか全く分からなかった。
そんな時、駅の入口で、若い男性が食べかけのハンバーガーをゴミ箱に捨てた。きっと味が不味かったのかもしれない。でも、ゴミ箱に入った、しかも男がかじったハンバーガーを食べるのは抵抗があった。
どうせなら、可愛い女の子が食べたものなら良かったのにと思ったが、空腹には勝てず、亘宏はゴミ箱の口に手を深く突っ込んだ。がさごそと音を立てながら、中を漁って取り出すと、さっきのハンバーガーの包み紙だった。では、肝心のハンバーガーはどこにあるのかと、こっそりと覗き込むと、先程のハンバーガーは、パンと具が無残にもバラバラになっていた。その時だった。
「あっ、ゴミ発見!」
後ろから声がしたので、振り向くと、そこにいたのは柄の悪い不良三人組だった。
「誰ですか?」
亘宏は尋ねた。
「俺達はゴミ清掃員だよ! と言っても、俺達が取り扱うのは、社会のゴミだけどな!」
リーダー格と思われる中央の少年が嘲笑しながら答えた。コイツらのどこが清掃員なんだ。お前達の方が社会のゴミじゃないかと思ったが、そんな事を言う度胸は彼には無かった。
「お前がいるとな、駅の景観が汚れるんだよ!」
そう言って、中央の少年が亘宏を強く突き飛ばした。壁に後頭部を強く打ち付けられた。更に、不良は亘宏の胸倉を掴み、拳を構えた。その時である。
「コラ! そこで何やってるの!」
向こうから怒鳴り声が聞こえた。
「ヤベエ!」
「マズイ、逃げるぞ!」
犯行現場を見られて、チンピラ達は慌ててその場から逃げた。どうやら、助かった様だ。それにしても、一体誰が助けてくれたのだろう?
「君、大丈夫? 怪我は無い?」
心配そうに駆け寄って来たのは、黒いビジネススーツを着た女性だった。年齢は、恐らく二十代半ばで、自分より年上。ファッションには詳しくないが、海外の高級ブランドのものと思われる立派なパンツスーツを身にまとい、金のラインが入ったワインレッドのスカーフが印象的だ。長い黒髪も艶があって綺麗に整えられており、モデルか女優の様に清楚で美しい顔立ちである。
きっと、学生時代はスクールカーストの頂点に君臨し、友人も多く、異性にもモテモテで、充実した学校生活を送っていたに違いない。
彼女は、心配そうに自分の顔を見つめている。
「だ、大丈夫……です」
亘宏は、軽く頭を下げた。
その時だった。突如、腹の虫が鳴った。亘宏は思わず、腹を抑えた。
「君、もしかして、お腹が空いているの?」
亘宏は目で必死に訴えながら、何度も首を縦に動かした。
すると、美女は駅内のコンビニに入り、数分後、レジ袋を提げて出て来た。
「はい、どうぞ」
美女はレジ袋を差し出した。中を見ると、そこには幕の内弁当とペットボトルのお茶があった。もちろん、割り箸とお手拭き付きである。幕の内弁当は、ごま塩が振りかけられた日の丸ごはんに、唐揚げとエビフライ、卵焼き、サラダなど豊富な品数だった。おにぎりやサンドイッチでも十分ありがたいのだが、贅沢にも弁当をくれるとは思わなかった。家にいた時も、これだけのおかずが出た事は滅多と無かったのに。
亘宏は、お手拭きで手を拭いた後、割り箸を割ると、途中でお茶を飲みながら物凄い勢いで弁当を食べた。
「美味しい?」
「美味しいです!」
美女からの問いに亘宏は、食べ物を頬張りながら答えた。最初は、警戒していたが、こんな自分にもご飯を奢ってくれるとは、何て良い人なのだろう。
「あ、ありがとうございます……」
弁当を食べ終えた後、亘宏は美女に、お礼を言った。
「どういたしまして。ところで、君、もしかして家が無いの?」
突然、質問されて、亘宏は口を詰まらせてしまった。痛い所を突かれた気分である。しかし、彼女ならきっと今の自分を助けてくれるかもしれないと思い、
「そうなんです……僕、先日親から家を追い出されて、今完全にホームレスなんです!」
やっと、思いを伝える事が出来た。それを聞いて、美女は憐れみの表情を見せながらも真剣に頷き、亘宏にある提案をしてきた。
「だったら、私の家で暮らさない?」
「えっ?」
まさかのお誘いである。それにしたって、家に暮らすというのは、突然である。
「だって、あなたは今住む場所が無いんでしょ? だったら、ちょうど良いじゃない。今から電話をするから、許可が下りれば、あなたも住めるわ」
普通の人だったら、話が美味すぎて逆に怪しいと警戒してしまうが、ホームレス生活に限界を感じていた亘宏は、藁にも縋る思いで、
「分かりました。お願いします!」
と、美女の前に深く頭を下げた。
「分かったわ。じゃあ、今から電話するから待ってて」
そう言うと、美女は少し離れたところへ歩き、スマートフォンで電話を掛けた。きっと、自分を家に入れたいと家族に連絡しているのだろう。
「許可が下りたわ。あなたも家に住んで良いって」
それを聞いて、亘宏から笑みが零れた。これで、野宿をする心配は無くなった。
「今から私の車に乗せてあげるから着いて来て」
そう言って、美女は駐車場まで歩き、白い車に乗った。見たところ、高級感のある外車である。どんな車なのかと、ロゴマークを見たら、何とベンツだった。
これを見た瞬間、亘宏はゴクリと唾を飲んだ。ベンツの車を間近で見るのは生まれて初めてである。若くして、こんな高級外車を運転しているなんて、きっと彼女はお金持ちの家に生まれた人に違いないと思った。
そして、運転席にはパッと見、二十代後半の男性が座っている。品のある顔立ちで、いかにも美青年という言葉が似合う雰囲気である。きっと、彼女の兄なのだろう。さすがに、彼氏ではないと願いたい。
「失礼します」
亘宏は恐る恐る車の後部座席に座った。インテリアは黒を基調としており、高級感があるが開放的である。ベンツの中って、こんな風になっていたのかと感動のあまり身震いした。
そして、美女も後部座席に乗ると、
「高橋、彼も家まで送ってあげて」
「かしこまりました、お嬢様」
その会話に、亘宏は耳を疑った。思わず「兄妹じゃなかったの?」と聞こうとしたが、質問を入れる間も無く、今まで兄だと思い込んでいた運転手の男性は、エンジンを掛けると、そのまま駐車場を出て、街の中を飛ばして行ったのであった。
車に乗る事十数分、車内には沈黙が流れた。決して気まずい空気という訳ではないのだが、何だかとてつもない緊張感がある。
まさか、今日会ったばかりの美女に夕食をおごってもらうばかりか、家に住まないかとお誘いを受けたのだから。運転手の男性も、先程のやり取りをした後、一切話しかけて来ず、運転に集中している。
「す、すみません……食べ物をくれるばかりか、わざわざ家にまで住まわせてくれるなんて……」
「そんなにかしこまらなくたって良いわよ。私、困っている人を見かけると放っておけない性分だから」
「そんな、まだ名前も聞いていないのに」
「あっ、そう言えばそうだったわね。私の名前は、里山梨華。あなたの名前は?」
「は、花村亘宏です……」
「亘宏君ね、覚えておくわ」
「あ、あの……さ、里山さん」
「梨華で良いわよ」
「り、梨華さん、ありがとうございます……」
まさか、出会ったばかりの美女に救われて、亘宏はお礼を言った。
今まで、三次元の女は二次元と違って全員クソだと思っていたが、世の中にはこんなに優しい女性がいるとは思わなかった。きっと彼女は地上に舞い降りた女神ではないかと思った。
もし、学生時代、クラスに梨華の様な人がいたら、きっと当時よりもずっと華やかなものになったに違いない。
思えば、これまでの自分の半生は、悲惨なものだった。
元々家が貧乏で、公営住宅に両親と三人暮らし。母親は料理が苦手なので、家の食事は、いつも御飯とインスタント味噌汁。おかずは、いつも唐揚げか目玉焼きで、たまに出来合いの惣菜が出る程度だった。それでは飽き足らず、食事では御飯を必ずおかわりしたせいで、体型はまるまると肥えていった。
顔も、帽子が入りきらない程の大きな顔に、手入れされていない伸び放題の眉毛、一重瞼の細い目、ペシャンコに潰れた団子鼻、脂ぎった肌、たらこの様に腫れた唇、いわゆるブサイクな容姿だった。
おまけに頭も運動神経も悪い為、クラスメイトからはからかわれ、教師にも叱られて、彼女はおろか友人すら作れなかった。
それでも、どうにか高校まで進学したが、進学先は名前さえ書ければ合格出来ると言われる程の底辺校であり、そこに通う生徒もそれ相応の連中だった。
当然、いじめもエスカレートした。大勢のクラスメイトがいる前であるにも関わらず不良に殴られる様を笑われたり、カツアゲされたりする事もあった。具体的な内容については、今でも思い出す事すら耐えられない程、筆舌しがたいものだったと明記しておく。
警察に相談しても、「具体的な証拠が無いと動けない」と言われ、激しい憎悪が湧いた。
そんな中、身体の傷を見た親から病院に行く様に勧められ、医者に殴られた跡を見せると、「誰かに殴られたのか?」と心配そうに聞かれ、遂に溜め込んでいたものを爆発させる形で、いじめに遭った事を全て話した。その結果、医師が警察に通報してくれた。
だが、当然その事は学校にも知れ渡り、不運にもいじめっ子達の耳にも入ってしまい、放課後、校舎裏に呼び出された。
「お前、警察に俺達の事をチクったらしいな」
その言葉に、何も返せなかったが、返事をする間も無く、亘宏は不良達から逆恨みによる集団リンチを受けた。マウントを取られ、顔面や胴体を殴りまくった。このままでは死ぬ。そう思った亘宏は、手を強く握りしめた。
そして、いじめのリーダー格である不良の顎を強烈なアッパーで殴り飛ばした。殴られたリーダーの身体は宙を舞い、地面に仰向けとなった状態で倒れ、そのまま気絶してしまった。まさかの反撃に、周りにいた少年達も、恐れをなして蜘蛛の子を散らす様に逃げた。
これがきっかけで、いじめっ子達は逮捕され少年院に送致、自身の攻撃も正当防衛とみなされ、不起訴となった。この事は、地元のマスコミにも報じられ、学校も謝罪会見を開いた。あの医師には、今でも感謝している。
いじめっ子が逮捕された事を知った時は、内心「ざまあみろ」とほくそ笑み、もう学校でいじめに遭う事は無いと信じていたが、そう都合良く進まなかった。
いじめっ子が逮捕された翌日、希望を抱きながら、教室に入ると、一瞬ではあるが、クラスメイトが一斉に自分を睨みつけたのである。まるで、「何でお前が追い出されなかったんだ」と言わんばかりの憎悪の目だった。この時、今までとは違う恐怖を覚えた。また、今まで学校に通っていたクラスメイトの何人かを見かけなくなった。
当然、猫を被って「今まで、ごめんね」と謝って来る人は、一人もいなかった。
更に、授業中も先生から当てられる事は一切無く、休み時間になっても、誰も声を掛けず、完全無視。他のクラスの同級生、先輩、後輩、教師すら、自分に話しかけなくなった。
確かに、いじめは無くなったが、嫌われなくなった訳ではなかった。
更に、ネットでは自分の中傷や謂れの無い噂が広まっていった。
『何で、あんなキモデブのせいで、自分達までヒドイ目に遭わないといけないの?』
『アイツの方が追い出されるべき!』
『警察に通報したからって、調子に乗りやがって。生意気な奴!』
『いじめられた奴も、あれがきっかけでいじめ返す様になって、マジ最悪』
その噂は瞬く間に広がり、周囲からもますます白い目を向けられてしまった。
自分は何も悪い事をしていないのに、何故、自分がこんな目に遭わなくてはいけないのかと思い悩んだ。
腫物扱いをされるのは気分が良くなかったが、それでも悪口や暴力を受けていた時と比べれば、マシだと自分に言い聞かせていた。
そして、数ケ月後が過ぎたある日の放課後。担任教師が、大事な話があるから、今すぐ校長室まで来る様にと言われた。
一体、何の話があるのだと思う一方、嫌な予感をしながら担任教師に着いて行く形で校長室に入ると、黒い革のソファに腰かけた校長先生がいて、その向かい側の席には両親が座っており、三人とも神妙な面持ちだった。何の用事があるのかと父親が尋ねると、校長先生が重い口を開いた。
「もう、うちの学校では、これ以上、花村君の面倒を見る事は出来ない。申し訳ないけど、退学してくれないか」
この言葉を聞いた時、亘宏は「納得がいきません!」と反論したが、自身の成績・素行不良はもちろん、我が校が地元のマスコミに大きく報じられた事で、他の生徒も近所で陰口を叩かれる等の風評被害を受けて、不登校、退学してしまった他、学校に来なくなったクラスメイトが教師に、「花村と関わりたくない」「あんな奴の顔を見るのは、もう嫌!」と告げていたのである。
そのせいで、遂に教師も手に負えなくなってしまったのである。早い話が、厄介払いだった。
実際、成績は悪かったし、素行も良いとは言えなかったけど、それにしたって被害者を追い出すのは、あまりにも理不尽な仕打ちだった。
当然、亘宏は納得がいかず、感情的になって反発し、遂に校長先生を殴った。当然、現場は騒然となってしまい、駆けつけた教師によって強引に生徒指導室まで連れて行かれた。後日、校長は幸い軽い怪我で済んだものの、この事が決定打となり、とうとう自身まで退学処分となってしまった。それを親から聴いた時は、身勝手な連中だと酷く恨んだ。
その後も、近所で陰口を叩かれたり、目が合ったら背けられたりと、完全に周囲は自分を疎外していた。その結果、遂には外出する事すら苦痛になり、以後は自宅に引きこもらざるを得なくなった。
両親は、息子の事情を分かっていたので、当初は何も言わなかったが、遂に溜まっていたストレスが爆発したのか、息子が二十一歳のある日、強引に自宅から追い出してしまった。
働かずにゴロゴロしている息子に、痺れを切らしたからだろう。
その後、路頭に迷って絶望していたが、そのおかげで素敵な女性に出会えたとなると、今までの不幸を全てチャラにしても良いとすら思えた。
それにしても、この美女は一体、何者だろうか? どこに住んでいるのか、何歳か、どんな仕事をしているのか、彼氏はいるのか、結婚しているのか、家はどんな感じなのか、趣味は何か、好きなものは何か。亘宏は、梨華ともっと話をしたいと思った。色々な事が聴きたかった。
だが、母親以外の女性とロクに会話した事が無い童貞には、何からどう話せば良いのか全く分からず、結局それ以降は一切会話する事が出来なかった。
「着いたわよ」
車で一時間後、梨華は家の駐車場に車を停めた。ようやく家に辿り着いた様だ。車窓から覗くと、そこには豪邸が建っていた。まるで、ヴィクトリア朝を彷彿とさせる、おごそかで立派な屋敷である。ワインレッドを基調とした屋根とアイボリーの壁が見事にマッチしており、歴史の史料集に出て来たり、世界重要文化財に指定されたりしてもおかしくないレベルである。
「あ、あの……梨華さん、この屋敷って……」
亘宏は指差しながら尋ねると、梨華はあっさりと答えた。
「ここは私の家よ」
それを聞いて亘宏は「えぇっ?!」と、腰を抜かした。まさか、こんなに立派な豪邸に住んでいるなんて! 中が一体どうなっているのか、どんな暮らしをしているのか非常に気になった。
「さぁ、着いて来て」
梨華はそう言ってスタスタと歩いて行ったので、亘宏もその後に着いてきた。
「ただいま」
梨華がドアを開けると、そこには使用人が左右両脇にズラッと並んでいた。まるで、漫画から飛び出したかの様な光景である。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
使用人達は、一斉にかしこまりながら頭を下げた。全員かなり訓練されている様だ。更に、向こうから白髪に片眼鏡を掛けた黒いスーツの老人の男性がやって来た。彼がこの使用人達をとりまとめるトップである様だ。
「彼が、お嬢様がおっしゃっていた花村亘宏様ですね」
「そうよ。彼、路頭に迷っていたから、しばらくの間、この家に住まわせてもらえないかしら?」
そう言うと、執事は「かしこまりました」と礼をした。礼をする姿勢が様になっていた。
「紹介するわ。彼は私の執事の木水よ」
執事は、漫画やアニメの存在で既に知っていたが、実際にこの場で本物の執事を見るのは初めてだ。イメージ通り、いかにも紳士的な立ち振る舞いである。
「は、初めまして! 花村亘宏です!」
亘宏は執事を前に深く頭を下げた。
「初めまして、私は梨華様に仕える執事・木水と申します。亘宏様、路頭に迷う生活を送られて、さぞお辛かった事でしょう。では、こちらの部屋にご案内します」
木水は、そう言って亘宏を案内した。
廊下にはワインレッドの絨毯が敷かれ、壁と床はアイボリーの大理石で出来ており、いかにも洗練された高級感を漂わせていた。更に、壁にはルーペンスやヘンリー・ムーアといった有名芸術家の名画や高価な芸術品が置かれており、本物のセレブなのだと改めて分かった。今まで見た事が無い光景に、亘宏は案内されている間も辺りをキョロキョロと建物内を見渡していた。
「こちらが亘宏様のお部屋でございます」
執事がドアを開けると、そこには、一流ホテルのスイートルームを彷彿とさせる部屋があった。部屋には、外国から輸入したと思われる重厚な造りの家具が置かれてあり、白に統一された、おしゃれなデザインで金色の細工が印象的だった。きっと、凄腕の家具職人が作ったものなのだろう。天井には、シャンデリアが吊り下がっており、毎晩、天井のシャンデリアを眺めながら、目を閉じたら、きっと素敵な夢を見られそうな気がした。更に、ソファやテレビ、パソコンも置いてあり、こんな部屋を今まで市営住宅暮らしだった自分が、果たして使って良いのだろうかと思った。
「今日はさぞかしお疲れになった事でしょう。屋敷にはお風呂がありますので、身体を洗ってください」
そう言われて、亘宏は執事に案内され、浴室に向かった。服を脱いで扉を開けると、公営温泉並みの広さだった。しかも、風呂桶には大理石が使われており、壁には芸術的な彫刻が施されている。
身体を洗った後、亘宏は湯船に浸かった。温泉ではないので、身体的効能は特にないが、お湯はとても温かく心が和らいだ。これだけ広い温泉に一人でいると、何だか少し寂しい気もするが、今の亘宏にはその様な感情は無かった。
「亘宏様、お風呂の湯加減はいかがですか?」
扉の向こうから、使用人らしき人物の声がした。若い女の声である。
「あぁ、凄く気持ち良いです」
「よろしければ、お背中を流しましょうか?」
「お、お願いします」
亘宏が声を掛けると、「では、失礼します」の声と共にドアが開き、メイドが一人、入って来た。年齢は二十歳前後。黒いボブヘアーにぱっちりとした瞳、透き通る程の白い肌で、アンティーク人形の様に、小柄で愛らしい女性である。
「初めまして、亘宏様。私、この家に仕える侍女・鳴海加奈と申します」
加奈は丁寧にお辞儀をすると、袖をまくって、タオルで亘宏の背中を丁寧に洗った。子供の頃に母親から身体を洗われた時を除いて、女性から身体を洗ってもらうなんて生まれて初めての経験だ。しかも、こんなに可愛らしい女性に洗ってもらえるというギャルゲーにしかないシチュエーションを実際に経験出来るのは、願っても無い幸せだ。
女性がタオルで背中を優しくこする。鏡越しで眺めるその光景は、何とも心地良い。
「それでは、お背中を流しますね」
そう言って、加奈は亘宏の広い背中をシャワーで洗い流した。
「綺麗になりましたよ」
後ろから聞こえる可愛らしい声が、高揚感を増した。
風呂から上がり、寝間着に着替えると、亘宏はベッドに寝転んだ。マットは、ふかふかとしていてとても柔らかく、布団とシーツの手触りも非常に滑らかで、このまま眠りに就いてしまいそうなくらいに、心地良かった。
その時、扉の向こうからノック音が鳴った。
「入っても良いかしら?」
梨華の声だ。亘宏が「どうぞ」と声を掛けると、梨華と木水が入って来た。
「どうだった? この屋敷は」
「うん、とても良かった。使用人の人達も皆優しいし、こんなに良い所だとは思わなかったよ」
亘宏は笑顔で答えた。
「良かったー! 合わなかったらどうしようかと思っていたけど、気に入ってもらえて凄く嬉しいわ!」
亘宏の言葉に、梨華の顔からは満面の笑みが零れた。
すると、木水が口を挟んで来た。
「亘宏様、今日からこの屋敷にお住まいになりますが、その上でお願いがあります」
「えっ、お願いって?」
「一つは、この屋敷には地下階に続く階段があるのですが、そこには決して立ち入らない事。二つ目は、梨華様からの許可なく、お一人で外出しない事。三つ目は屋敷で周りに迷惑を掛ける様な行為はしない事。この三つを厳守していただければ、ご自由になさって構いません」
それを聞いて、亘宏は若干躊躇した。何故、お願い事を守る必要性があるのかが分からなかったからだ。
学校の校則も、教師が生徒を都合良く拘束する為の詭弁としか思えなかった。自分が校則を守れなかった故の責任の押し付けではあるが。
でも、三つだけなら、どうにか守れると思い、「分かりました」と承諾した。
「じゃあ、今日は色々とあって疲れたでしょうし、早く寝ましょう」
「分かった。それじゃあ、お休み」
梨華と木水が部屋を出た後、亘宏は電気を消して、そのままベッドで目を閉じた。しかし、突然訪れた幸運に、未だ興奮が収まらず、なかなか眠れなかった。
これから先、どの様な生活が待っているのだろう? そんな思いを馳せながら、亘宏は眠りに就いた。
亘宏が寝静まった後、梨華は木水と共に、部屋に戻った。
「お嬢様、今回も路頭に迷っている人に救いの手を差し伸べるとは、何とも心優しい御方ですね」
「そんな事はないわ。だって、困っている人を助けるのは当然の事でしょ。それに招いた以上、あの人はお客様なのだから」
「そうでしたね。我々の目的は、あくまでお客様を楽しませる事」
「そうね。何が起きるか、楽しみだわ」
そんな事を呟く梨華は、三日月の様に微笑んでいた。
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