雨
作者 冷えピタ丸 得点 : 0 投稿日時:
出会ったあの日も雨が降っていた。
もうすぐ小学校も卒業という冬の時期。時計の針が16時を過ぎていた頃、家に帰宅した僕はランドセルをひっくり返していた。ランドセルにも無い。筆箱の中にも無い。体操着入れにも無い。どこで鍵を無くしたんだろう。雨の中、近くの公園で親の帰りを待つことにした。
ここはよく来る公園だ。昔は親と一緒に遊びに来ていたと思うが、一人で来ることもしばしばあった。
―ブロロロ。
公園の入り口に見慣れない車が停まった。運転席から全身が黒に覆われている若い女が降りてきた。
母さんが作ったイカ墨パスタみたいだな、そんなどうでもいいことを独り口に出していると、若い女は僕の方に歩いてきた。
女「ねえ君。なにしてるの?」
琥太郎「知らない人とは話すなって、親の教えを守っているんだよ。」
女「あら意地が悪い。困っているんでしょう?」
琥太郎「初めて会う少年はみんな困っていると思っているの?」
女「初対面の大人にそれだけ憎まれ口が叩ける子は困ってないか。」
琥太郎「親が帰ってくるのを待ってるんだよ。鍵、無くしちゃって。」
女「これのこと?」
見ると若い女の手には、オレンジ色の恐竜のキーホルダーが付いている鍵を持っていた。
琥太郎「なんで持ってるの?それ僕のだよ。」
女「君の鍵って直感が教えてくれたのよ。女の勘は当たるっていうでしょ?私、それがすごくてね。」
琥太郎「どういうこと?でも助かったよ。ありがとう。」
返してもらおうと立ち上がったら、顔の前に手のひらを差し出された。
琥太郎「この手、何?」
女「人からの恩は、恩で返しなさいよ。君、雨を操れるんでしょ?」
―どきっ。
僕でさえやっと気づいたのに、なんで知っているんだ?というかこんなの誰に言っても信じられないのに。
4年生くらいだったか、僕は雨を操れるようになった。すごいことを言ってるみたいだが、自分なりに実験して色々な条件も気づいた。
・雨を操れるのは奇数の日だけ
・雨を操れるのは1週間に1度だけ
・雨を操れるのは1日の3時間だけ
なんで自分が雨を操れるか最初は考えて考えて、熱が出て学校を休むくらいに考えたけど、自然に影響するほどの力でも無さそうだし、深く考えるのを辞めた。体育の授業が嫌だなって時に何回か使ったくらいだ。
琥太郎「何を言ってるの?そんなこと出来たら今ごろ気象庁に引っ張りだこだよ。」
女「今の子は気象庁なんて言葉を普段から使うの?君、本当は大人なんじゃないの?」
ふふっと女は笑った。笑い声につられてはじめて女の顔をちゃんと見た。黒い髪が背中ほどまで垂れ下がっていて、鼻がすっと高い。二重瞼の力強い目に吸い込まれそうになる。
琥太郎「早く鍵返してよ。ありがとうって言ったよ。」
女「馬鹿ね。お礼は形で返しなさいよ。」
琥太郎「大体どうして見ず知らずの僕にそんな訳の分からない話をしてるの?」
女「何度も言うけど、私の女の勘は当たるのよ。」
雨を降らすより、よっぽどすごい力じゃないか。そんなことを思いながら、気付いたら今日の3時間が終わりを告げ、きれいな夕焼けが顔を出している。
女「あら、雨には時間制限があるの?」
琥太郎「なんで知ってるの?」
あっ。
女「やっぱり雨、操れるんじゃない。今日の雨も君でしょ?」
琥太郎「認めるわけじゃないけどさ。なんでそう思うの?」
女「当り前じゃない。それも女の勘よ。」
なんなんだこの危ない女は。そうは思ったけど、ずばずば物を言ってくる女との会話は不思議と嫌ではなかった。
女「私、かんな。君の名前は?」
琥太郎「知らない人に名前を教えるなって・・・。」
かんな「これだけ話しているんだからもう友達みたいなものでしょ」
まだ話して少ししか経ってないのに友達かと思ったが、これも嫌な気はしなかった。
琥太郎「清水 琥太郎」
かんな「琥太郎くんね。鍵返すよ。もし聞いてくれる気になったら、君が持ってるスマホでこの番号に電話してね。」
琥太郎「今どきの小学生が、みんながみんなスマホを持っていると思わないでよね。」
かんな「持ってないの?」
琥太郎「分かったよ。持ってるよ。なんで分かったかはもう聞かない。」
かんな「ふふっ。分かってきたじゃない。女の勘よ。」
琥太郎「聞いてないよ。」
さっきと同じ顔でふふっと笑い、かんなは車に戻っていった。
なんだったんだ…そうは思いながら夕焼け空を見てふと思った。自分だけの秘密って知られると怖かったり嫌な気持ちになると思ったけど、案外そうでもないな。それはあのお姉さんだからかな。電話番号と「神那」と書いてある名前をみて、神様ならなんでもわかるのかな…。なんてことを考えていた。