幻燈街の飴売りの第3話 全6話で完結
幻燈街の飴売りの第3話
作者 グリーン 得点 : 2 投稿日時:
彼を探すのを諦めた私は、なんとかチラシを配り終えると、劇場に引き返した。
「にゃぁっ!」
後ろを振り返るとさっきの仔猫がまだついてきていた。
「だめだよ、ただでさえ食い詰めているのに、あんたまで面倒みられないよ。」
手で追い払おうとしたが、それでもついてくる。仕方なく私はそのまま劇場に戻ることにした。
劇場前まで戻ってきた私の目に入ってきたのは、張り巡らされた黄色いテープと10台以上ものパトカー、そして制服の警官たちだった。立ち止まっている私のもとへ、警官の一人が歩み寄ってきた。
「あ、すみません。現在この建物内への立ち入りは関係者以外禁止しております。劇場の関係者の方ですか?」
警官は私の顔の火傷痕を物珍しそうにじろじろ眺めながら、淡々と話した。
「はい・・・劇団の飴売りです。あの・・・何があったんですか。」
すると警官は少し黙り込み、そして何か気が付いたように口を開いた。
「失礼ですが、長江有希子さんでいらっしゃいますか?」
「はい、そうです。」
警官は私の返答を聞くとしばらく黙りこみ、ふー、と息を吐くと、意を決したような顔になって話した。
「どうか、気を落ち着けてお聞きください。あなたの御父上の長江亮輔さんが何者かに殺されました。」
急に呼吸ができなくなった。何を言われたのかわかりたくない。暑い。太陽の熱が頭にぶつかってくるのを感じる。目の前の警官は、私の目を見たままじっと黙っている。私が落ち着くのを待っているのだ。落ち着かなくては。心臓が痛い。手で押さえつけても痛い。猫がうるさい。頭が熱い。すると、急に景色がゆがみだした。ああ、だめだだめだ。警官が何か言ってる。うるさい。熱のせいか、顔の火傷が痛み出す。暑い。熱い。あの事故の光景がじわじわとよみがえってきた。
私がまだ舞台俳優だったころ、私と父は親子そろって劇団『幻燈』の看板俳優だった。特にシェイクスピアをやるときはいつも劇場は満員だった。思い返せばあの頃がわたしの俳優人生の、早すぎるピークだった。私たち親子の名声は広がり、やがて首都からお呼びがかかった。幻燈街のような小さな街でしか公演をしたことのなかった私たちにとってこれは千才一遇のチャンスだった。私たちはこの機会を捕まえて全国デビューを果たし、大スターへの扉が開かれる・・・はずだった。
私の運命を引き裂いたあの日の公演はシェイクスピアの『リア王』だった。父はリア王、私はリア王の三女、コーデリアの役で舞台に立った。あの時、あの瞬間は、目を閉じれば今でも鮮やかに蘇ってくる。演技に入り込んでいた私は、倒れてくる燭台に気が付かなかった。炎は私の髪に燃え移り、コーデリアの二人の姉の嫉妬の炎のごとく、私を焼き尽くした。
こうして私の俳優生命は、コーデリアの迎えた結末よりも些か平凡な火災事故によって終わった。それから1年、私は飴を売り続けている。
だが、私は時々考えるのだ。あれは本当に事故だったのか。誰かがわたし目がけて燭台を倒したのではないか。私にはわからない。私はまだ受け入れられないのだ。
「長江さん!」
急に大声で呼びかけられてはっと我に返った。気が付くと警官が真剣なまなざしでこちらを見ている。
「落ち着かれましたか?」
「え、ええ。すみません。その、突然のことで、何が何だか。」
声を掛けられたからか、なんだか急に冷静になってきた。
「いえ、無理もないことです。」
「その、殺されたというのは、いったい」
「ええ、それが、本日の『ハムレット』の公演の最中、亮輔氏はクローディアス王の役を演じていたのですが、劇中、主人公のハムレットに毒入りの酒を飲まされるシーンがありまして。」
「本当に毒が入っていたと。」
「そうです。検出された毒は青酸カリでした。」
同じだ。私の事故と同じ。私も父も舞台の上の事故で・・・。
「誰がやったんですか!誰が、父を!」
「現在調査中です。」
「わかったら、すぐに教えてください!」
「残念ながら、捜査上の守秘義務があるので、事件が解決するまで関係者以外の方に捜査状況は話せないのです。」
「犯人は必ず捕まえてくれるんですよね!?」
「全力で突き止めます。」
私の心臓が再び早鐘のごとく鳴り始めた。いてもたってもいられなくなった。すると突然、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
「おや、君はさっきの飴売りのお嬢さんじゃありませんか。」
振り向くとそこにはあの黒づくめの紳士が立っていた。
「また会いましたね。」
「大文字さん!」
警官にそう呼ばれた紳士は私が渡したチラシを手にしていた。
「大文字さん!一体どこを歩いていたんですか。」
「いやあ、すまない。どうしても僕の方向音痴は治らなくてね。チラシの地図を見ながら歩いたのに同じところをぐるぐる回ってたよ。」
妙に落ち着いているが、最初に会った時より、どことなく陽気さを感じた。
「有希子さん、こちらは探偵の大文字 幻(だいもんじ げん)さん。幻燈街で起こる数々の難事件を解決してきた名探偵なんだ。」
「名探偵だなんてよしてくれよ。僕が持ち合わせているのはごく平凡なパン屋の親から受け継いだ、ごく当たり前の常識しか知らない平凡な脳みそだけさ。どこにでもいる、ごく普通のプー太郎ですよ。」
「有希子さん、あんなこと言ってるがね、彼は今まで何百という事件に挑んできて、一度も解決できなかったことはないんだ。」
「一度もってことはないさ。例の『指切り侍』は逮捕が間に合わなくて逃げられたし、『感電男』には死なれてしまった。」
私はすぐその場で決意を固めた。
「あの、私をあなたの助手にしてください。」
「え?」
「私の父を殺した犯人を、どうしても捕まえたいんです。黙ってみているなんてできない。私も捜査に加えてください。」
「有希子さん、いけませんよ。それは」
警官は私と大文字さんの間に入って止めた。
「いいだろう!」
「え!?大文字さん!?」
「度胸が据わっているし、注意力もある。劇団の内部事情にも通じているし、きっと役に立つ。」
「ああ、もう、いつもこうなんだから。怒られるのは私だってのに。」
私の中では闘志が燃えたぎっていた。必ず父を殺した犯人を捕まえる。
「さて、では現場へ行こうか。そして必ず突き止めるのだ。この血塗られた舞台のシナリオを作り上げた『脚本家』をな・・・。」
待っていろ、『脚本家』。お前は必ず私の手で捕まえてやる!
第4話へ続く・・・。