ボクの転生物語の第3話 全4話で完結
ボクの転生物語の第3話
作者 桐坂数也 得点 : 1 投稿日時:
それからボクは何度生き返っただろう。5度? 7度?
ひどい時はスズメが「ちゅん」と鳴いただけで「グハア!?」と派手に血を吐いてリセットされた事もある。はあ、せめて人語以外はノーカウントにしてくれないかな。
しかし、少しコツがわかってきた。要は告白させなければいいのだ。どんな手を使っても。それで少しは命をつなげる。
8度目の転生でまだボクはこの世界の人と関わることすらできずにいた。今度は慎重に、慎重に……。
「きゃあっ!!」
絹を裂くような女性の悲鳴が聞こえてボクはゆっくりと首をあげた。可愛らしい女性の悲鳴。男なら例外なく血が沸き立つ場面だ。義憤と下心に突き動かされ、即座に助けるべく駆け出しているところだ。
だがボクはそんな気になれずにいた。だって助けようと助けまいとその女性はどの道ボクに惚れるのだ。モチベーションが上がらないこと甚だしい。
それでも、とボクは思い直した。万が一その女性が殺されてしまうような事があったら、たとえ他人であっても後味が悪い。ボクは声のした方へ走り出した。
程なく、女性が二人組の男に襲われている現場に遭遇した。男たちは女性に気を取られてボクに気付いていない。今ならボクでも何とかなるかも。
道端で大きめの石を拾い、男の後ろから忍び寄って後頭部に振り下ろした。
「!」
嫌な音がして男がうずくまる。もう一人が振り向いたところですかさず急所を蹴り上げた。
悶絶する二人を残し、呆気に取られている女性の手を引っぱって逃げ出した。
「はあ、はあ……あ、ありがとうございます」
女性は息を切らしながら、それでもボクに礼を言った。女性というより女の子という年頃だ。犬のような耳が生えている。髪もうす茶色で、柴犬を思わせた。和服のような、丈の短い服を着ていて、それが余計に幼く見える。よく見るとけっこう可愛いかも知れない。
「あやういところを、助かりました。あの、素敵なお方」
やばい、目がハートになっている。死亡フラグだ!
「こんなところで出会えるなんて、これは運命かしら。あの、わたくしと付きあ「おっと、みなまで言わなくていい」
ボクは素早く、女の子の唇を人さし指で押さえた。女の子が目を丸くして黙り込む。
「きみの気持ちはわかっている。わかっているとも。ボクらはもう他人じゃない。わざわざ言葉にするなんて無粋なことさ。そうだろう?」
どれほど気障ったらしい仕草も言葉もマイナスになんかならない。むしろ呪いの上乗せになるだけだと確信していた。案の定女の子は頬を上気させながら、うっとりとボクを見上げている。呪いの深さと自分の所業に軽く死にたくなった。
「改めてお礼を申し上げます。わたくしは木蓮と申します。この先の領主さまの所へ仕官に向かう途中、さっきの連中に剣を封じられてしまいまして。抵抗も出来ず、あやうく手籠めにされるところでした」
見ると、大事そうに一振りの剣を抱えている。鞘と柄をまたいで一枚の札が貼り付けられていた。
「うかつでした。剣さえ封印されていなければ、あんな連中に後れは取りませんでしたのに」
口惜しそうに女の子、木蓮が言う。どうやらお札の呪いか何かで剣が抜けないらしい。
「なんだ、この札がなければいいのか」
見たところしょぼい札だ。それほど威力があるとも思えないんだけど。
そう思いつつ剣の柄を握り、軽く捻ってみると、「びりっ」と音を立てて札は破れてしまった。
「ああっ?! なんてことを!」
木蓮が驚いて口もとを両手で押さえている。青ざめた表情に、ボクはものすごい不安を覚えた。
「なっ、なに?! なんかまずかった?」
「この札には強力な呪いがかかっているんです! 正当な手続きを踏まずに破いた者は、あらゆる男から愛想を尽かされるという恐ろしい呪いが!」
「なんだってぇっ!」
「いやあっ! 婚期を逃してしまうわっ!!」
……って、ボク男だから別に男に愛想尽かされても痛くもかゆくもないや。
「あ、そうか。それもそうですね」
木蓮は笑って答えた。う、ちょっと可愛いかも。
「とにかく、この剣さえ抜ければ怖れるものはありません。これであなた様を守って差し上げることもできます」
木蓮はすらりと抜刀し、切っ先を天に向けた。
細身の刀身は鈍く光を反射し、ゆらゆらとオーラのようなものを立ち昇らせている。それを見るボクの表情は、実に微妙だった。いや、はっきり言おう、黒い妖気のようなものが刀身にまとわりついているのだ。
「ええと、その、ずいぶん曰くつきの……いや、名のある業物とお見受けしますが?」
「あ、おわかりですか?」
木蓮は破顔して剣をボクに差し出して見せる。
「さすが、お目が高いですね。この剣は『殲滅剛剣:石断岩砕破』、地を割り世界を滅ぼすと言われている七災剣が一振りなんです」
なんておっかないもの持ってるんですか。
もしかして女神さまが持っていた剣と姉妹なのかしら。
そう思っていると、剣の妖気がゆらゆらとボクに纏わりついてくる。うう、気色悪い。
(そんなこと言わないで。愛しの我が君)
艶っぽい声が脳裏に響いた。だっ、誰!?
(ふふ、わかってるくせに。こんな刀剣まで虜にするなんて、悪い人ね。惚れ「おっと、みなまで言わなくていい」
びしっ。
ボクは素早く腕を伸ばして『石断岩砕破』の刀身を二本の指で挟んだ。そこが口かどうかなんて知らない。ただ命がかかっているという事実と、口を封じたという心意気が大事なんである。
「あら、『石断岩砕破』もあなた様が気に入ったようですね」
木蓮は剣を鞘に収めると片膝をついた。
「我が剣ともども、あなた様に忠誠を誓います。我が命と我が剣の折れるまで、あなた様をお守り致しましょう」
ボクは黙って頷くことしかできなかった。何だか予想もしない事になってしまったが、身を守ってくれる人がいることは、何の取り柄もないボクにはとてもありがたい。何しろこの世界がどういう所なのか、まだ全然わからないのだから。
「ところで」
木蓮がちょっともじもじしながら言う。
「あなた様のことはなんとお呼びすればよいでしょう?」
「え? ボク? ボクは、ええと……あれ? あれ?」
ボクは誰だ?
思い出せない。名前を忘れている。いや、名前どころか、前世の記憶がかなり曖昧になっている。ボクは誰だ? どこで何をしている人間だった?
……仕方がない。思い出せないものは考えても時間の無駄だ。
今はこの世界で生きることを考えよう。木蓮と共に生きることを。それで充分だ。
やっとのことで、ボクはこの世界の人と関わりを持つことが出来たのだった。