「噴煙のすんなりのぼる春田打」の批評
回答者 慈雨
田上南郷さま、こんにちは。
この間のコメントも含め拝見させていただいております。心の景の写生、とても興味深く勉強になります。
御句もまさにそういった句ですね。
前句と甲乙つけがたいですが、個人的には「のぼる」と書かずとも、「噴煙がすんなりってどういうことだろう?」と読者に考察してもらってもいいんじゃないかなと思いました。
句の肝である「すんなり」を強調するイメージで、
・噴煙はすんなり阿蘇の春田打
九・八の破調です。「阿蘇」を噴煙ではなく春田打の方に掛けてみましたが、句意が変になってしまっていたらごめんなさい。
またよろしくお願いいたします。
点数: 1
添削のお礼として、慈雨さんの俳句の感想を書いてください >>


読み直ししました。「すんなり」を「まっすぐ」等にすればなんの問題もないですが、なんとか「すんなり」を残したいと思います。ただ「すんなり」は心象なので、ほかの言葉を補足しないとわかりにくいようです。「まっすぐ」の場合には「まっすぐのぼる」とする必要はないとおもわれますが「すんなり」には「のぼる」が必要なのでは?と考えた次第です。心象を組み込んだ句は、ともすると「独りよがり」になってしまうので、そのほかの部分で丁寧な記述が必要だなあ〜〜〜と思いました。この句でそれができているかどうかかわりませんが、よろしくお願い致します。