「鮮緑に快哉叫ぶ七日の生」の批評
回答者 気まぐれ亭いるか
佐伯凌駕さん、こんにちは
御句拝読しました
いや、素晴らしい、よく練られた一句だと思いますよ
ほとんど言うことないんじゃないように感じますね、、
「七日の生」も詩として機能してると思いますし
あえて言うとすれば以下の二点でしょうか
1「鮮緑」の是非
夏の季語「新緑」の傍題に緑があるのでその派生と思えば「鮮緑」も季語としてみることはできると思います
ただ、「鮮緑」は色名、その物理的な色名をここで使っている効果がより、「新緑」の生命力の方が句に合っていると思います
此処は奇を衒わず季語の力を信じるところかと
2感動の焦点
本句、感動の焦点が明らかに蝉に寄ってますね
それなのであれば蝉を七日の生とせずに素直に蝉で詠みたいところ
そこをあえて「鮮緑」を使うのであればそのサポートは欲しいかと思います
それらを受けましてひとつ以下などいかがでしょうか
新緑や快哉叫ぶ七日の生
以上、今後ともよろしくお願いいたします
点数: 0
添削のお礼として、気まぐれ亭いるかさんの俳句の感想を書いてください >>


句意:夏の陽射しに照らされた鮮やかな緑色の葉を持つ木に蟬が留まり鳴いている様子は、生きている気持ちよさを叫んでいるようだ。
疑問点:1.蟬を七日の生と表現したのですが、それは季語になりませんよね?
2.蟬=七日は通俗的な表現に感じたのですが、別の表現にした方がこの句は良くなりますか?良くなるとしたらどのように表現しますか?