「雲あれば雲映したる冬の水」の批評
慈雨様
霜の拙句にさまざまアドバイスやご提案をいただきまして、ありがとうございます。確かに、いい日旅立ち屋よりは津軽海峡冬景色だ!と腑に落ちました。
ここからは少し長くなるので、お忙しければスルーしてください。もしご面倒でなければ慈雨様にご教示いただきたいのが、助詞や助動詞を組み立てるときに意識されていることです。
私も初めご指摘のように「の」を用いて、
「上野行車窓の霜のほつれゆく」
などと候補を考えておりました。しかし、
・一句の中で文法の時代感を統一するなら
「上野行車窓が霜のほつれたり」
などとなるが、これが読みづらい
・そもそもこんな言葉遣いをしている時代に電車はないのでは?
などと考えているうちに原句に落ち着きました。
しかしながら最近皆様のお句を拝見しているうちに感じ始めたことが、俳句
の世界は私が思うより文法的の不正確さに寛容なのではないかということです。元より俗語、漢文、文語、横文字、方言など雑種性の高いこの世界では、文法の厳密さよりも詩的な調べの良さが優先されて然りなのではないかという仮説です。だとしたら、新参者の私が随分と不毛な指摘を各位に繰り返してきたなと、猛省しなければなりません。
だから長くご経験がおありの慈雨様が、言葉選びの際に何を優先して何に妥協しがちなのか、これが気になるのです。語感の良さなのか、時代の統一性なのか、ルールへの厳密性なのか、はたまたそんなことはいずれもどうでも良いのか、もし宜しければご教示いただけますと幸いです。
長文失礼いたしました。今後ともよろしくお願いいたします。
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自句自解なしですみません。
どんなことでも、よろしくお願いいします!