秋虫の声にわれありしずけさよ
作者 文楽 茶釜 投稿日
コメント(俳句の意味。悩みどころ)
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添削一覧 点数の高い順に並んでいます。
「秋虫の声にわれありしずけさよ」の批評
回答者 慈雨
文楽茶釜さま、初めまして。よろしくお願いいたします。
秋の虫の鳴き声には寂しさを感じますよね。
〇「声にわれあり」って素敵な表現だなと思いました。自分を俯瞰しているようであり、力強さもあって。
「悲しみ」と言わなくても何となく伝わりますね、そこが句の奥行きとなっていて佳いです。
(声が割れている、と誤読されないように「我」「吾」と漢字にした方がいいかもしれません)
〇「虫」だけで秋の季語ですので、「秋」は省略できますね。
〇「しずけさよ」が要るかどうか?コメントを拝見した限り、感動の中心は静かさではなく、虫の声そのものにあるような気がします。
超シンプルにしてゆったりと、
・虫鳴いてゐる中に我ありにけり
とかでも良いような気がしました。
素敵な句をありがとうございました!
点数: 2
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「秋虫の声にわれありしずけさよ」の批評
「秋虫の声にわれありしずけさよ」の批評
回答者 みつかづ
文楽茶釜さま。
初めまして、こんばんは。みつかづと申します。よろしくお願いいたします。
貴句、拝読しました。
作者コメントを拝見するまでは、「秋と虫の間に「、」をお入れに
なりたかっただろうな…」としみじみ私は思っておりました。
場所にもよりますが、秋に鳴く虫は以下の理由で意外と鳴き声は大きく聞こえます。
ですので、「しずけさよ」が不要であるとの慈雨さん、頓さんのご指摘に
私も同意いたします。
鳴く目的
① 交尾の為:多くの鳴く虫、特に雄は、雌を引き寄せる為に鳴く。
これは、繁殖の為の重要な行動。
② 縄張りの主張:鳴き声は、他の雄に対して自分の縄張りを示す手段でもある。
牡同士の競争において、鳴き声で自分の強さをアピールし、
ライバルを追い払おうとする。
③ 捕食者への警告:一部の虫は、捕食者に対して警戒音を出す事もある。
大きな音を出す事で相手を驚かせ、逃げる時間を稼ぐ。
①~③を果たせなかった雄の昆虫は鳴けないですので、幾ら季語の力は強くて
信じて託せるとはいえ、季語「虫の秋」に「私の泣きたい気持ちを託しました。
そうすると秋虫が泣いている理由は違えど、私の悲しみは秋虫の鳴き声のように
自然に溶け込んでいくような気がする」は、動詞「鳴く」と「泣く」の意味の違いを
読み換えており、季語「虫の秋」が本来持っている生命の本能
(繁殖・縄張り・警戒)と矛盾してしまいます。
現象が擬人化されて、俳句における「自然と人間の等価な対立構造(観照)」が
壊れてしまっていると私は読み解きました。
他の点は慈雨さん、頓さんに私も同意です。
また、作者コメントには「思い悩む日々に、秋虫が鳴いているのを聞いて私の
泣きたい気持ちを託しました」とお書きですよね。
軸としては、「思い悩む日々」におありだったのではないか?と私は考えました。
何故なら、そうでないなら泣きたいお気持ちも起きなければ、その気持ちを
秋の虫達に託したくなるお気持ちも起きず、貴句もできあがる筈なかったからです。
そこで、私からの添削提案は、「心情に軸足を乗せた、基本の型での季重なり」で。
「託しました~自然に溶け込んでいくような気がする」も尊重して入れ込みます。
・傷秋や此処に心の虫の秋(倒置法)
主季語は傷秋(しょうしゅう。三秋・生活)、従季語は虫の秋(三秋・動物)。
傷秋と心がカブッてはいるものの、これなら「我」とお書きにならなくても、
悲しく思っていらっしゃるのは間違い無く作者様です。
また、動詞「あり」、「をり」、「いる」が無くても作者様は秋の虫達の声が
聞こえる場所に確実にいらっしゃいますよね。動詞(用言)を無くしても大丈夫。
「鳴く虫」と「泣く人」。 その響きのズレにこそ、言葉と心の奥行きが宿ります。
貴句はそのあわいを誠実に見つめようと、まさにその境界に立ち、 自然と
心との距離を手探りで測ろうとする一句だったのではないかと私は思います。
探究の姿勢を積み重ねれば、“しずけさ”さえも内に含む様な詩情へと
至る事と思います。
どうか今後も、ご自身の感情と自然の声とのあわいを大切に詠み続けてください。
以上です。お目通しいただき、感謝いたします。
点数: 0
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思い悩む日々に、秋虫が鳴いているのを聞いて私の泣きたい気持ちを託しました。そうすると秋虫が泣いている理由は違えど、私の悲しみは秋虫の鳴き声のように自然に溶け込んでいくような気がする。そんな思いを込めてみた句です。