「恋煩い頬赤らめて紅葉のよう」の批評
回答者 みつかづ
こんばんは。初めまして。デビューおめでとうございます。
恋の情動と紅葉の取り合わせ、発想としてはとても素直で美しいですね。
さて、句意を保ったまま貴句を拝読しますと、
「頬が紅葉のように赤くなる」という比喩構造になっています。
ただ、慈雨さんも触れておられた通り、この場合、紅葉は実景として
そこに無いので、季語の力が弱まってしまっています。
これは俳句ではよく起こる現象で、“比喩にした季語は季語でなくなる”と
言われています(これを逆手にとって2つの季語を入れる技術もありますが)
句意を保ちつつ、秋の景の中に自然に紅葉を生かすには、
季語「紅葉」傍題(仲間の季語)の
「紅葉づ(もみづ)」(ダ行上二段活用、中古(平安時代)以降)、
「紅葉つ」(タ行四段活用、上代(奈良時代)以前)や、「色葉」を
使うと滑らかになるかと思います。
口語句を文語句で添削してしまい申し訳ありませんが、
例えば以下の様な添削句は如何でしょうか。
・紅葉つ樹や恋する君の頬もまた
「恋によって頬が染まる」情景はそのままに、秋の自然が目の前に広がる形に整え、
基本の型(上五に季語を置いて間投助詞「や」で詠嘆し、中七下五で1フレーズ)を
採用しました。
季語「紅葉つ」によって、どちらも赤く色付いて美しいという意味で、
「恋煩い」、「赤らめて」と書かなくてもそれが分かってしまう位、
季語は力強く、信じて作者の気持ちを託す事ができる力を持っております。
瑞々しい感性をお持ちのお方と私は思います。
今後も、こうした感覚を丁寧に詠まれていかれると良いかと思っております。
以上です。お目通しいただき、感謝いたします。
点数: 1
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恋をし赤面する様子と紅葉が紅葉する様子はどちらも美しいものでその様子を表したくこの句を読みました
パッと浮かんだ句なので伝わりにくいかもしれませんか採点の方をお願いいたします
添削も大歓迎です