「旨そうな秋刀魚焼けたぞなあ親父」の批評
回答者 みつかづ
こんばんは。コメントを拝読いたしました。以下長文、お含みおきください。
1:荒らし行為と原因の峻別
先ず、私めの立場を明確に申し上げます。
私めは和歌女さんの荒らし行為を容認した事は一度もございません。寧ろ、
その行為を止めようと奔走し、双方の鎮静化を図る為に言葉を尽くして参りました。
「荒らしを行った側」だけを一方的に責め、「火を点けた側」の責任を
一切問わないというあなたとイサクさんの姿勢には、強い違和感を覚えております。
私が問題にしているのは、「荒らしという結果」そのものではなく、
その原因を生じさせた「言葉の責任」でございます。
因果の一端を担った発言がございますれば、そこには相応の倫理的責任が
伴う筈でございます。
これは詩を詠む者――即ち「言葉で人の心に触れる者」として、
決して看過すべきではない問題であると私めは考えております。
2:論点のすり替えと謝罪要求について
また、「みつかづ様が直ちにすべきことは、今回の件の責任が頓様にあるかの
ようなコメントを撤回し、頓様に謝罪することではないでしょうか」との
ご指摘は、論点のすり替えでございます。
私が頓さんに要求しているのは、荒らしの実行犯である事への謝罪ではなく、
「対立の火種となった不適切な発言(威圧的な言葉遣いや人格攻撃と受け取られ
かねない批評)に対する責任と和歌女さんへの謝罪」でございます。
事の発端となった火を着けた側(頓さん)の責任を無視し、場を収めようとした
第三者である私めに謝罪を要求する論理こそ、私めは理解に苦しみます。
3:俳人としての「言葉の責任」
次に、「俳人である事と荒らしを止める事は関係無い」との
ご指摘がございましたが、私めはその様には考えておりません。
俳句も詩も、言葉によって人の心を動かす営みでございます。
であるならば、言葉が争いを鎮める力を持つ事も又、
俳人としての「言葉の責任」と呼ぶべきではないでしょうか。
4:イサクさんへの言及の正当性
まして、イサクさんへの言及は、「無責任なタイミングでの介入」に対する
「倫理観」を問うたものでございます。 私めの鎮静化の努力が成功し、
荒らし行為が止まったその直後に、状況を理解せぬまま、和解を妨げかねない
挑発的な句を投下する事は、コミュニティに対する責任を放棄した行為に
他なりません。 これは「荒らし行為そのもの」とは別の、
極めて重要な倫理的責任の問題でございます。
和歌女さんにも頓さんにも、共にお声を掛けたのは、双方を責める為ではなく、
和解への糸口を探る為でございました。 火を着けた側も、燃え広がらせた側も、
何れも「言葉の使い手」として責任を分かち合う。 それこそが、俳句という
「言葉の芸術」に携わる者の倫理であると、私めは信じております。
以上、私めの立場をご理解いただければ幸いに存じます。
ご高覧、誠にありがとうございました。
点数: 1
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