「長き夜の着物が似合うバーテンダー」の批評
回答者 みつかづ
お早うございます。
ご退会なさるとの事ですが、ご覧いただける可能性を考えコメントを残します。
長文、お含みおきください。
まず、貴句について。
俳句は性質上、「読者の想像の余白」が大き過ぎると作意に辿り着けず、
小さ過ぎると読者の面白味に欠けます。
つまり「どこまで書き、どこを読者の想像・解釈に委ねるか」が
常に課題となります。
ルビーさんは作詞のご経験が豊富と伺っております。
作詞ではメロディーに合わせて字数を伸縮させる事が可能ですが、俳句は
「季語を主役に立てて十七音」という厳しい制約があり、情報量が多過ぎますと
窮屈になります。
ですので、最初から「ある程度の余白を残す」前提で組み立てる必要がある点が
音楽作詞と俳句の大きな違いかと存じます。
次に、「長き夜」は映像や音声を持たない時候の季語です。
また、語順から「長き」は「夜」に掛かって修飾していると見るのが妥当ですが、
文法上は「着物」に掛かっているとも読める為、やや誤読の余地が有ります。
そして、「似合う」と直接表現なさると読者の想像の余白が減ってしまう為、
似合うと書かずに「着物が似合っているに違いない」と読者に思わせる工夫が
効果的ではないかと、私は考えます。
組み立て方の一例として(添削ではありません)
バーテンダーが女性:バーメイド小袖越しなる上り月
バーテンダーが男性:バーマンの着物越しなる上り月
バーテンダーだと6音使ってしまいますので、収まりが悪くならない様に
やむを得ず性別で分けさせていただきました。
和風の季語を取り合わせる事で、着物の雰囲気がより活きるのではないでしょうか。
小袖、上り月は仮で起きましたので、実体験に即したものに
変えていただければ幸いです。
頂きましたコメントについてもお返事いたします。
私は和の俳句に西洋哲学の唯物弁証法を用いておりますが、
これは「句の多義性・多様性を見落とさず、できる限り作意に辿り着く」為です。
感情を先行させず、日本語論理に立脚して構造分析する方が、
添削として妥当ではないかと私は考えております。
最後に。
コメントが遅れましたのは、昨年来の病状悪化で不定期参加になっていた為です。
無視していた訳ではございませんので、どうかご容赦ください。
本文は以上です。ご覧いただき、ありがとうございました。
ご健勝とご活躍をお祈り申し上げます。
また句を拝見できる日を楽しみにしております。
点数: 0
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某ホテルのバーで着物を着たバーテンダーがいて粋だったので。