「入梅し光る紫陽花滴になる」の批評
回答者 なお
ジョン万次郎さん、こんにちは。初めまして。
御句拝読しました。
俳句では季語
が一つというのが原則、というか、五七五と並んで最低限の基本ルールですが、これまでは入っていなかったり、二つだったりしていたご様子ですね。
今回も入梅と紫陽花で二つになっていますね。
いまさら、なぜ一つがよくて入ってなかったり二つではダメなのか、は語りませんが、どちらかにしましょうか。
また、もう一つ気になりましたのは、下五の「滴になる」、これは何と読みますか?「しずく」か「てき」だと思いますが、ただ、「しずく」だと意味は通りますがちょっと字余りで、また、「てきになる」だと音数はピッタリですが意味がわからないですね。
それに全体として、「梅雨の時季に紫陽花が咲いて、しずくが垂れる」というのは、類想の世界、というか、紫陽花という季語だけで語られる世界だと思います。
感想だけで失礼しますがよろしくお願いします。
点数: 1
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