「月見上げ届けと跳ねる泣き兎」の批評
回答者 慈雨
まさとら様、はじめまして。よろしくお願いいたします。
御句拝読しました。切ない思いはとても伝わってきます。同時に、季重なり以上に、意味として気になるところが多い印象を持ちました。
◯実際に月に向かって兎が泣きながら跳ねているのかと思いました。
コメントを見ると「月」が好きな人、「泣き兎」が作者、の比喩ということでしょうか?だとするとちょっと伝わりにくい気がしますし、比喩だと季語の力が弱いと思います。
「跳ねている兎がいる(まるで私のようだ)」と、あくまで実景を詠んだ方がいいように思います。
◯「泣き兎」…「啼兎(なきうさぎ)」という兎がいますが、それとは関係なさそうですね?これも解釈を迷わせる感じがしました。
◯月に向かって跳ねているのなら、見上げているのは当たり前なので、「見上げ」は省略しても良さそうです。
◯コメントによると「想いを伝えたいが、様々な理由で伝えることが出来ず…」と。だとすると、そもそも跳ねていないのではないでしょうか?見上げているだけ、の方が句意と近いような気がしました。
「月」が必要かも迷いますが、どうしても入れたいということであれば、たとえば
・跳ねそうで跳ねない兎月きれい
・届かざる月を見上げし兎かな
等では、まさとら様の言いたい事とズレてしまうでしょうか?
まさとら様の思いをつかみ切れておらず、的外れなコメントになっていたらごめんなさい。またよろしくお願いいたします。
点数: 2
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好きな人に想いを伝えたいが、様々な理由で伝えることが出来ず泣いている。奇跡よ起きてくれと願う句。季重なりは承知の上。