「大阪の春の曙今一度」の批評
回答者 ケント
みつかづさんこんにちは。
いつも好意的なコメントありがとうございます。
山蝶の句には「私らしさ」がなかったようですね。(汗、笑)
この句は、たまたま電車で見掛けた実景でありますが、
私はそれを見た時に、
進学のため初めて東京に着いた時の田舎者の自分を思いました。もうウン十年も昔の事です。(笑)
その時の諸々の感慨を詠んだつもりでしたが、みつかづさんには届かなかったようですね。
何かが足りなかったのだと思います。
ただ、「電車に乗って目的地へ向かう蝶が居るなら持ってきてください」には少し異論があります。
確かに、蝶が切符を買っている場面など見たことがありませんね。(笑)
しかし、私は総ての「生きとし生けるもの」には、ちゃんとした「意志」があると思っております。(科学的根拠を持って説明する事は私には出来ませんが、私はそう信じていると言うことです。)
蝶にしてもしかり。
ただ「風任せ」に生きているのではないと、「私は」信じたいと思います。
「私」の話が長くてすみません。
貴句、曙関は私も好きなお相撲さんのひとりでした。若くして残念ですね。
追悼句ではあるのですが、私は「大阪」に色んな意味で頑張って欲しい思いであります。
「人情」「商人」「日本の中心」、大阪には色んな感慨があります。大阪の今一度の曙を願うひとりであります。
(ちなみに私は大阪在住ではありません)
またよろしくお願いします。
点数: 1
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突然の訃報でした。
角界に偉大な功績を残された大横綱に、深い哀悼の意を表します。