「冴ゆる音や信じると手を挙げた友」の批評
友也様
私はめい様や皆様を残してここを去る時が来たようです。私には孫がいるので、しっかりしなければいけません。無知だ阿呆者だと言っていられません。最善を尽くして、孫の良きお婆ちゃんとして生きて行かなければなりません。私は渡る世間に鬼はなしと思っておりますが、折り合いの悪い方もいるでしょう。(それでも公平にやって行くべきです、私はずっと昔、幼稚園の先生をしていた時にそう思いました。)人間には良い時と悪い時が必ずあると思って生きています。悲しみの後に喜びが、喜びの後には悲しみが、の繰り返しです。人生楽もあれば苦もあるのです。(水戸黄門の歌)私の願いは皆が幸せであること。(なんかマザーテレサみたいかな、)奪い合うとなくなっちゃうけど、分け合うと余っちゃうんだなとか、セトモノとセトモノぶつかりあうと割れちゃうけど、どちらかが柔らかいと、割れないんだよなあ。そういう私は、いつもセトモノとか有るように、相手を許し、柔軟な人であってほしいのです。(私は許してもらうタイプだから都合が良過ぎるかな、)これから先の長い人生いろいろな困難にぶつかるでしょう、それでも生きて行くしかないんです。私は失敗したことで、謙虚で柔軟で優しくを覚えました。皆様頑張って生きていきましょう。続ける事の方が困難なんですが、それでも皆、続けていく。続けるのは、困難の先に未来があるからかなぁ。(悟りを開いた人みたい、)だから私はここを見つめ続けますね。これからの自分の道を歩き続けましょう。(疲れたら休み休み続けましょう。)
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昔、神戸でゴスペルのチャリティコンサートが開かれました。私の神戸の友人Aさんに、名古屋でも開催されて素晴らしかったので、ぜひ行ってみてくれと言って、Aさんは聴きに行ってくれました。
ゴスペルディレクターの黒人牧師の「神様を受け入れますか。宗教の話ではありません」との呼びかけに、Aさんはただ一人手を上げました。残念ながら彼女はまだ信仰を持ってはいませんが、いつか持ってくれればと願っています。
あらちゃん様、ウイスキーの添削ありがとうございました。全ておっしゃる通りだと思いました。感謝です。
皆様の素晴らしい添削に感謝いたします。祝福がありますように。