「夕焼けやトンネルの中も夕焼けぬ」の批評
回答者 優子
めいしゅう様
こんにちは、宜しくお願いします🙏俳句下手な私が言うのもなんですが、発想が楽しいなと思いました。私は孫が2人いますので、何か出掛ける事がありましたら、早速使わせてもらおうと思いました。楽しみです。
点数: 1
添削のお礼として、優子さんの俳句の感想を書いてください >>
作者 めいしゅうの妻 投稿日
回答者 優子
めいしゅう様
こんにちは、宜しくお願いします🙏俳句下手な私が言うのもなんですが、発想が楽しいなと思いました。私は孫が2人いますので、何か出掛ける事がありましたら、早速使わせてもらおうと思いました。楽しみです。
点数: 1
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回答者 佐渡
めいしゅうさん!こんにちは!
いつもお世話になっております。
同じ季語を二度使う俳句の例
・瓜くれて瓜盗まれし話かな
大丈夫でしょう。
それと嘘
俳句は文芸のひとつですからフィクションはありですね。
中には虚も大事という人もいます。前に書いたけれど
宇多喜代子さんが「俳人はウソつきの始まりである」と言ったとか
実景でなくてもいいじゃないですか?
よろしくお願いいたします。
点数: 1
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優れた添削・批評は日本俳句研究会の記事として、転載、引用させていただく場合がございます。ご了承ください。
前句にて、トンネルの中に夕焼け見つけたり と実景の伴わない夕焼け句を詠みました。これについて色んな方よりご指摘を受け、やはり実景の無い句は俳句として相応しくないのかと自分でも思うところで有ります。掲句は、仮にですが実際の夕焼けを見ながら高速を走っていたとして、そしてトンネルの中に入ったらそこにも夕焼けのような光景が広がっていた。とする句です。これなら俳句として成立しますでしょうか? もう一点は、掲句のように同じ意味の季語を重ねることも、季重なりとなりますでしょうか?
よろしくお願いします。