「梨を剥く指にささくれいつのまに」の批評
回答者 なお
鷹司晶子さん、こんにちは。
再訪です。
何やら私の古い句に関連して、色々と質問をいただきましたので、ここで回答します。
何しろ、自分の句のところには自分で書き込みできませんので・・・。
まず私の「一坪のキバナコスモス花野かな」についてです。
花野は広さではなく、自然に出来たということにポイントがあるようです。そして私はこの句を詠む時に、一坪でも花野と言っていいのか?と確認しました。すると、「作者が花野と思えば花野」とお答えをいただきました。
そこで私は、この時のキバナコスモスは本当に一坪くらいでしたけど、私の心の中では見渡す限り広がっているように思えたので花野としたのです。
ただ、「コスモスの花野」は明らかに季重なりで興を削ぎます。
投句ボタンを押してから気がついたので、「これにはコメントしないでください」とお断りしたのです(ホント、自分の句でコメントをいただく前であれば削除できるようにしていただきたいです)。
なお、言葉じりを捉えるようですが、「コスモス畑」のように、人工的に作られた花園は花野とは言わないようです。
次に、過去の季重なりや無季の名句についてですが、「それはそれ」と考えればいいのではないですか?「あれはああなのに私はなぜダメなの?」とか、芭蕉の句と張り合っても詮ないことですし。
私たちは、「俳句とは五七五で、季語
を必ず一つ入れる」という基本に忠実に詠んでいけばいいのだと思います。これだけで無限の可能性がありますもの。
もしこれに疑問を感じたり違和感があったら、その時は俳句ではなく「詩」を作ればいいのだと思います。なんの制限もありませんから。
最後に鷹司さんにお願いですが、他の方の句はともかく、私については、昔の句にコメントいただくのは勘弁してもらえますか?
なぜなら下手くそで恥ずかしいからです(笑)。最新の投句にお願いします。もちろん最新の投句でも恥ずかしくないわけではないですが、これは覚悟の上ですので…。
どうかよろしくお願いします。
点数: 0
添削のお礼として、なおさんの俳句の感想を書いてください >>
さきほどの梨の句に難がありましたので。