「秋うららアンパンマンの紙芝居」の批評
回答者 森本可南
長谷さん、はじめまして鷹司と申します。よろしくお願いいたします。
アンパンマン、私がみたのは、アニメでした。
お腹がすいてる人がいたら、自分の身をちぎって、あげる。
まさに、真のヒーローですね。
秋うらら、音の響きもよく、素敵な句です。
ギバーの人に、なれ ですね。
完璧です。
点数: 1
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作者 長谷機械児 投稿日
回答者 森本可南
長谷さん、はじめまして鷹司と申します。よろしくお願いいたします。
アンパンマン、私がみたのは、アニメでした。
お腹がすいてる人がいたら、自分の身をちぎって、あげる。
まさに、真のヒーローですね。
秋うらら、音の響きもよく、素敵な句です。
ギバーの人に、なれ ですね。
完璧です。
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回答者 幸福来々
なんかいいなと思って、思わずのコメントです。
『秋うらら』と『アンパンマンの紙芝居』の取り合わせのみですが、両方のいいところ感じます。
保育園・幼稚園の子どもたちの紙芝居の読み聞かせの現場を想像してしまいました。
読み聞かせをしてる先生ではなく、それを他端から見てる校長先生もしくは親御さんなのかな?と思いました。
『秋うらら』からは、小さい子は成長が早いので、この一年の秋の季節にも成長の感慨を感じました。
『アンパンマンの紙芝居』との取り合わせからは、「この紙芝居が終わったらおやつにでもしましょうねー・お昼寝しましょうねー」みたいなこれからもすくすく成長してくれそうな希望みたいなのも感じました。
この読みでも良いのであれば、『秋うらら』でないと成立しないので、とても季語が主役になって思いました。
なんだかとってもほっこりしてしまった。
点数: 1
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回答者 鈴屋いるか
長谷機械児さん、こんにちは
私の時代はすでにアンパンマンと言えばアニメでしたね
アンパンマンマーチは未だに子供から大人まで響く名曲だと思ってます
「何が君の幸せ 何をして喜ぶ 分からないまま終わる そんなのは嫌だ」
句に関しましては
秋うららのうららが平仮名なのがすごく句の雰囲気にマッチしていると思いました
特に指摘できるところもなく簡単な感想コメントで失礼しました
点数: 1
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優れた添削・批評は日本俳句研究会の記事として、転載、引用させていただく場合がございます。ご了承ください。
記念日俳句、10/3は「アンパンマンの日」。
私の世代だと、テレビアニメのアンパンマンは小学生のときに放送開始。当時、「アンパンマンがテレビのマンガになるんだって」(「アニメ」という言葉は使っていなかった)と、集団登校中の話題になっていた記憶がある。
テレビアニメ化が話題になったということは、アニメではないアンパンマンが知られていたわけで、それが幼稚園で見た紙芝居。人によっては絵本だったかもしれないが、私の場合は紙芝居。アンパンマンといえば紙芝居、紙芝居といえばアンパンマン。
当初は、「アンパンマン」という語を使わない句を…、と考えていたが、「アンパンマン」でいいじゃないか、と思えてきた。
そうすると中七下五は簡単に決まり、上五の季語をどうするか。これが冬の時期なら「小春」とか「日向ぼこ」とかが落ち着いて良いかも知れないけれど、今は秋。「秋風」とか「秋夕焼」とかだとしんみりし過ぎな感じがして、「秋晴」などがいいかなあと考えた末に、切れ字「や」を使わなくてよい五音季語「秋麗」に決定(小難しい字はアンパンマンに合わないかな、とひらがなに)。