「尼寺の鐘こそよけれ紫木蓮」の批評
回答者 イサク
こんばんは。
鈴に入る玉こそよけれ春のくれ/三橋敏雄
「鈴に入っている玉はよいものだなあ。特に春の暮れには」
木曾川の今こそ光れ渡り鳥/高浜虚子
「木曽川は今、光っているなあ。渡り鳥が飛んでいく」
「鈴の中の&春のくれ」「今」という強調される条件があってこその「よけれ」「光れ」です。
「今こそわかれめいざさらば」も「今」を強調。
御句の場合、強調される条件は「尼寺の」なので、尼寺フェチで「尼寺の鐘の音は、他の寺より良いのだ!」という思想を持っているみたいですよね。
そもそも「よい」は他と比較(この句の場合は「他の寺の鐘」との比較)して「良い」と言うわけですので、注意な言葉なのですが・・・
例えば実際の寺名を出してみる、とか?
それでも「紫木蓮」を欲張ってしまったので、「春のくれ」と出している敏雄の句ほどの説得力が出ませんが・・・
・東慶寺の鐘こそよけれ紫木蓮
・東慶寺の鐘こそよけれ春の暮
・法隆寺の鐘こそよけれ柿食へば
点数: 1
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尼さんシリーズにするつもりはありませんけど、昨日、途中で見失ってしまった紫木蓮を合せてみました。鎌倉の東慶寺の景です。係り結び三度目の挑戦ですが御意見よろしくお願いします。