俳句添削道場(投句と批評)

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春驟雨下り電車に照らさるる

作者 ちゃあき  投稿日

コメント(俳句の意味。悩みどころ)

先日、帰りの電車を待っている時に夕立がありました。もう薄暗かったので見えづらかったのですが、電車が入って来たときにヘッドライトの中に浮かび上がった瞬間の春驟雨を詠んでみました。ご意見よろしくお願いします。

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「春驟雨下り電車に照らさるる」の批評

回答者 なおじい

こんにちは。ちゃあき様、いつもお世話になってます。
御句拝読しました。私はこのような、目でははっきりと確認出来ないけど、照明が当たると「うわ、結構降ってるなあ」と気がつくというの、よくわかります。

その上で細かいことを言わせていただきます。

「AがBする」という構文は、散文的又は説明調になりやすいです。「BするA」がいいようです。
また、「下り電車」。これは実景と思いますが、無用な縛りを読み手に与えると思います。事実、上りの電車も照らしていたと思いますし。

・入線の電車の照らす春驟雨

ちょっとげばさんに似てしまいましたが、違いをわかって!
我々の願いの「入選」とかけているんです(笑)!

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★★★★★

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「春驟雨下り電車に照らさるる」の批評

回答者 げばげば

句の評価:
★★★★★

こんにちは。
いつも勉強させていただいています。

雛あられの句コメントありがとうございます。
「とは」という型の句にチャレンジしてきたのですが、なかなかしっくり来るのが読めなくて、雛あられ兼題で雛あられを食べているときに、ほのかな甘みを舌で転がしているときに、これが「人生の余白」そのものというか、余白を持って人は過ごしたいよな、それは雛あられの甘みのようにささやかでいいんだけど、と思えたという句でした。受け手によって、「余白」の捉え方は変わってくるかもしれません。

さて、御句。見えなかった春驟雨が、ヘッドライトの照らす瞬間見える、というそのささやかな発見に注目するところが、ちゃあきさんの真骨頂のように思います。
春驟雨が電車に照らされているという、散文的な語順を替えたくはなります。

駅に入る列車の照らす春驟雨

駅という場所、列車というものが出てきて、動詞「照らす」と来て、何を照らすの?となり、最後に季語、ぐーーっとちゃあきさんが見たように、春驟雨がアップになっていく構成の方が好きです(^^♪ 列車があるので、駅はいらないとなるなら、列車をもう少し描写するもありです。

点数: 1

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「春驟雨下り電車に照らさるる」の批評

回答者 イサク

句の評価:
★★★★★

こんばんは。

コメントのフォローなしでふたつの意味で捉えて居りまして、

「春驟雨が下り電車のライトに照らされました」という報告文的な意味がひとつ。

もうひとつは取り合わせで、「春驟雨の中」で「【自分(人間)が】下り電車のライトに照らされた」という意味。これはつまり大雨の中、ホームから飛び降りたか踏切に立ち往生したかで、下り電車に轢かれる直前のような映像です。

さすがにひとつめの意味として、以下コメントします。
「春の雨下り電車に照らさるる」でも、風景があまり変わらないのですよね・・・
なぜ季語に「春の雨」ではなく「春驟雨」を使ったのか、というのをもう少し検討してみるべきかと思います。

・春驟雨下り電車の灯を散らす

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添削対象の句『春驟雨下り電車に照らさるる』 作者: ちゃあき
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