「初雪や氷田まだら尻をつく」の批評
回答者 なお
なっちもさん、こんにちは。初めまして。
御句拝読しました。
確かに以前は町中総出で雪かきをしたものですよね。最近はあまりしませんね。というより、都会ではあまり降らないですから、不慣れでどうしていいかわからないのかもしれません。
自分の家の前だけを雪かきする。それはそれでいいのです。みんなが自分の家の前をきれいにすれば、結果として町中がきれいになりますから。ただ、「自分の家の前だけをきれいにする」という考えは、その人および所属するコミュニティの意識が高くないと実を結びませんけどね。単なる「自分勝手」な理屈に終始しがちです。
さて御句。三段切れといって、切れ字があるのにそれ以外のところでも意味的に切れているとリズムが悪くて敬遠されます。御句は、他の方のコメントにもありますが、ちょっとそうなっていますね。
それもそうですが、私は「氷田」のほうが気になりました。凍った田んぼですよね?都会の無関心さのようなことを詠むのに、田んぼを出さなくても…と思いました。
さらに季重なりの問題もあります。すでに出ている「初雪」と「氷田」もそうですが、この句を詠み替えようとして「雪かき」とかを入れようとすると、また重なる恐れがあります。
イサクさんのおっしゃるように、意味合いの違う二つ以上の句に分けるのも面白いですよ。
・雪かきの跡のまだらな都会かな
・初雪に尻もちをつく街育ち
二句目は自虐趣味かも…(笑)
よろしくお願いします。
点数: 0
添削のお礼として、なおさんの俳句の感想を書いてください >>
先日の東京の大雪の際、昔はすぐに雪掻きをしてみんなで街を歩きやすく綺麗にしたものでしたが、自分の家の前だけきっちりと掻いてあったりあるいは全くしていたかったり、まだらの雪掻き跡が凍結して滑って尻もちをついてしまい、なんだか寂しく悲しくなってしまった、という情景を読みました。
よろしくお願いいたします。