「縁台や銀杏踏む歩王手なり」の批評
回答者 なお
水芭蕉さん、こんにちは。初めまして。私も初心者ですが、御句の感想と提案句を置かせていただきます。
季語が入り、五七五で切れの「や」もお使いになっている。形はいいのですが、季語は一つでよかったですし、「AとBをかける」というのはやめておいたほうがいいようですよ。
では一つずつみていきましょう。
季語についてはげばげばさんがおっしゃる通りです。縁台は年中ありますが、そこに座って将棋を指そうといのはいかにも夏の風物詩ですね。秋ではないです。
「銀杏踏む歩」。これがわからない。この後で「王手なり」と出てくるから、縁台とも合わせて将棋の話だと思いますよね。そうなると、「歩」というコマが銀杏を踏むか?どうやって???という疑問がおきます。仮に、将棋を指している人が踏むのだとしたら、足とか靴とかではないの?となりますよね?まるでわかりません。
掛詞は、主に和歌の世界で、技巧と情緒を競うために広まったとおもわれますが、俳句では難しいのであまり考えないほうがいいようですよ。自然にそうなると面白いですけどね。
そこで私の提案句です。今回、季節は秋ですので、縁台を残して夏の句にするより、銀杏を残して秋の句にしたほうがいいでしょう。
・銀杏の降るベンチにて王手なり
・銀杏を踏む脚揺らしつつ王手
次の句楽しみにしています。
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初心者なので、いろいろ教えてください。
縁台で将棋を指す風景です。銀杏が落ちる秋
踏む歩が将棋の歩にかかっています。
よろしくお願いします。