「三十度聞かなくなりて秋は来ぬ」の批評
回答者 長谷機械児
なおじいさん、「汗ばむや」「赤茄子」句に対する添削、ありがとうございます。
「甘きこと許さぬ父」…ずいぶんと謹厳実直な父になりました。現実の私の父はそこまでではないですが、こういう「父」像もまた良いものと思います。
「炎天」「熱中」…句意に沿った添削ありがとうございます。が、一句の中に熟語が多いと何か堅い、と感じるのですが…。
さて、御句について、お礼にこちらからも添削をと思ったのですが・・・。
いくつか入門書を読んだところでは、具体的な数字を生かす作句は、中級・上級に至るミッションの一つといった感じのようです。
「牡丹散りて打ち重なりぬ二三片」(蕪村)、「鶏頭の十四五本もありぬべし」(正岡子規)など、具体的な数字を一句に収める。対象とする事物の具体性は増すけれども、数字自体にはこれといって情緒がないから句全体がスカスカな感じにもなりかねない。
気温の数字というものは、情緒がない数字にやたらと字数を要するもので(温度か角度か判らない分には「摂氏」とか「気温」とか付ければ良かろうと思ったのですが、更に字数を増やすことになりました)、初心者でもハッキリ判る扱いづらさでした。
以下は、添削と言うより、葛藤の例として。
・摂氏三十度を切りて夏終る
・気温二十五度といへども初秋かな
・処暑はまだ来ざるに気温二十五度
今後とも、よろしくお願いします。
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気象情報。活発に踊っていた各地の30℃台の文字。懐かしい。もうあの日々は戻らないのでしょうか…。