白南風や賽の河原の吾子へ吹かん
作者 白南風や 投稿日
要望:褒めてください
コメント(俳句の意味。悩みどころ)
最新の添削
添削一覧 点数の高い順に並んでいます。
白南風や賽の河原の波の丈
回答者 秋沙美 洋
鈴木さん、こんにちは。
こういう句にはなかなかコメントしづらいんだよなーと思っていたら、想像句でしたか。安心してコメント出来ます。
「吹く」という動詞の必要性など技術的な部分は一旦置いておきます。
それよりも、子を亡くした親が自分の子を指して「賽の河原の吾子」なんて軽々しく言うのかなと。子を持った経験が無いので分かりませんが、我が子の死をやや客観視しているように見えました。
「吾子」と書いてドラマ性を追うより、もっと平易な情景の描写が俳句の器に相性が良いと思います。
「白南風や賽の河原のかぞへ歌」
点数: 1
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白南風や賽の河原の渡し舟
回答者 イサク
こんにちは。はじめまして。よろしくお願いします。
(はじめましてですよね?)
想像の中の母親が、賽の河原の子を想像しているということですね。
二重の想像で、景も体験もあるわけではなく(白南風だけは現実ですか?)ちょっと厳しいですね・・・
季語がひとつであり、下六の字余りはしていますが基本形を守ろうとしており、想像は想像なりに考えていると思いますが・・・
正直、指摘することの方が多い句です。「褒めてください」ということなのでこれ以上はやめておきます。
点数: 0
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白南風よとどけ賽の河原まで
回答者 卓鐘
白南風といえば吹いてますね。賽の河原と言えば、近しい子を亡くしてしまっていますね。
白南風というなんともさわやなものと、賽の河原のどんよりしたものの対比の取り合わせは個人的に悪くないと思います。
白南風が、賽の河原で吹いているだろうでは、賽の河原の空想上の景で終わっちゃうので、目の前の白南風に呼びかけてみました。
点数: 0
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その他の添削依頼
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梅雨時に亡くなった自分の子供に想いをはせているお母様の気持ちになって作ってみました。
梅雨時の白南風は賽の河原で石を積んでいる我が子にも吹いているのだろう
その風もジメッとしてるんだろうなぁ
という気持ちになっているという句です。