「葉脈を伝ふ雫や山覚める」の批評
回答者 イサク
添削した俳句: 葉脈を伝ふ雫や山覚める
少しだけ、横から失礼します。
「葉脈を伝う」の表現について誰も指摘がないというので、まず私の意見。
①
葉脈について、葉の表面(裏面も)から目視できる筋構造は一般的に「葉脈」と呼ばれてますし、私はそのような解釈をします。日本語として間違っているとも思いません。
まずこれが私の大前提で、この句の解釈として多数派ではありそうに思っています。
②
仮に「葉脈とは葉の内部構造の管のことである。それ以外は認めない」としても、日本語には比喩表現(暗喩)があり、「雫が、(本来は表面に存在しない)葉脈を伝っているかのように流れて見える」という解釈が可能です。
むしろ、本来触れられないものに触れる比喩として「伝う」と表現するのは、とても俳句的に詩があることだと思います。
(掲句でこのように解釈したわけではありません。「【葉脈】は葉の内部構造を意味し、表面から見えている筋は葉脈と呼ばない」という意見があるなら、の話です)
私の解釈は①ですが、②で解釈してもOK。
「葉脈を伝う雫」という表現に、俳句的に問題は感じません(つまり私はOKと思います)
点数: 3
