俳句添削道場(投句と批評)
みつかづさんのランク: 師匠109段 合計点: 445

みつかづさんの俳句添削依頼

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夢のまた夢か遥かな芋煮会

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二次会の子等チャリレース運動会

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回答数 : 1

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みつかづさんの添削

「あおあおと葱のびてゆくこの胸に」の批評

添削した俳句: あおあおと葱のびてゆくこの胸に

 
あらあらまあさん。初めまして、こんにちは。
コメント頂きまして、ありがとうございます。
https://weblike-tennsaku.ssl-lolipop.jp/haiku/corrections/view/32750

実は2回目でして、初回は全て落選でした。
正解かどうかは、申し訳ございませんが諸般の事情に由り
伏せさせていただきますね。

冬薔薇は詠める自信ございませんが、挑んでみたいと考えております。

以上でございます。お目通しいただき、感謝を申しげます。
今後とも、ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願い申し上げます。
 

点数: 1

「雲あれば雲映したる冬の水」の批評

添削した俳句: 雲あれば雲映したる冬の水

 
慈雨さん、こんにちは。ご無沙汰しております。 貴句、拝読いたしました。
長くなりますが、今後の創作の参考にしていただく為に、
構造的な分析をさせていただきました。

1.作品構造と詩的表現に関する分析
率直に申し上げますと、この句は情景描写としては明瞭ながら、
詩情の飛躍が見られにくい状態にあるというのが私の見立てでございます。

(1) 上五「雲あれば」による散文化
「雲あれば(已然形)」は、因果関係を明示する表現でございます。
「雲があったので、水面に映った」という説明文に近い形になっております。

俳句では、情景「結果」として提示し、因果や情感は読者に委ねる事で
詩的な余韻が生まれる事はご存知の事と思います。
しかし、本句では因果を説明してしまっている為、
写生を越えて詩へと移行する「跳躍」の機会が失われている様に拝見いたしました。

(2)季語「冬の水」の必然性について
「冬の水」は澄明さや冷たさ、冬の緊張感を担う季語でございます。
ところが本句では、「雲がある」、「それが水に映っている」という物理現象が
主であり、季語が持つ「澄明さ」や「冷たさ」といった本質的な意味が
情景に加わる働きが弱くなっています。
この構造では、季語が単なる季節の「ラベル」として機能してしまい、
情景に深い意味を与えられていません。

(3)作者の感動点の不在
写生句であっても、その情景を詠む「必要性」、
即ち「作者がどの瞬間に心を掴まれたのか」という感動点が不可欠でございます。

本句は物理現象の記述に終始しており、作者の「琴線に触れた点」が
字面から拾えませんでした。
この為、客観的な記述に留まり、散文的に見えてしまうのだと存じます。

2.作者コメントと創作の姿勢について
作者コメントが「自句自解なしで」という形で提示された点からは、
以下の何れかの状態が推測されます。

・情景は捉えられたが、何を詠みたかったか、ご自身でもまだ核心を
掴み切れていない状態
・描写技巧に頼り、句の核(感動の源)を統合しないまま提示された状態

これはご経験豊富な方でも起こり得る、
「写生はできるが、詩として立ち上げる核が未統合である」という、
更なる成長の為の課題であると捉えられます。

3.鍛錬の場としてのコメントについて
他の方のコメントには、作者への誠実さや句の良さを読み取ろうとする意志が
感じられます。しかし、道場は互いの創作力を高める鍛錬の場でもございます。

・季語の働きを実際以上に拡大して解釈してしまう
・句に書かれていない心理を読み手が補ってしまう
・「映像が浮かぶ」という基準だけで評価してしまう

こうした読み解き方は、作者の真の成長を妨げてしまう可能性がございます。
作者の意図に届く、論理に基づいた批評が共有される事が、
お互いにとって最も有益ではないかと私めは考えます。

4.結び
厳しめの分析となりましたが、慈雨さんの豊富なご経験があればこそ、
こうした構造分析を次の創作への新たな視点として、
前向きに受け止めていただけるものと信じております。

少しでも今後の創作のお役に立てば幸いでございます。
以上でございます。お目通しいただき、感謝を申し上げます。
 

点数: 1

「小春日や座して待ちたる風もなし」の批評

添削した俳句: 小春日や座して待ちたる風もなし

 
頓さん。お早うございます。
体調はいかがでしょうか? 1日も早いご回復をお祈り申し上げます。

貴句拝読しました。

「小春日」は穏やかな日和を内包する季語ですので、「風もなし」は季語の働きと
重なり、説明として響いてしまうのではないかと、また「座して待ちたる」は
作者コメントの“散歩途中の休息”と文体の緊張感に
やや差が生じてしまっているのではないかと、私めは思いました。

頓さんが実際にお感じになった、「歩行器を止めて木陰でほっとした瞬間」を
素直に記す方が、情景も心理も自然に立ち上がるのではないかと
私めは思います。
例えば、以下の様に。

・小春日や歩行器止むる木陰にて

文語の他動詞「止(と)む」(止めるの意味)は下二段活用ですので、
連体形「止むる」で下五と繋ぎました。
これで、作者コメントの具体的な景は入ると思われます。

以上でございます。
寒さがきびしさを増しております。どうぞご自愛ください。
 

点数: 0

「前栽に綻ぶ水仙風揺らす」の批評

添削した俳句: 前栽に綻ぶ水仙風揺らす

 
こんばんは。貴句、拝読いたしました。

冬の庭に咲き始めた水仙という題材はとても良いのですが、
結論から申し上げますと、以下の3点で作者コメントと句の内容に
少しズレが生じている様に私めには思われました。

① コメントと句が逆方向を向いてしまっている
② 「揺らす」の他動詞性が、水仙の静かな姿を壊してしまう
③ 庭での風は説明的になり易い

①、②について。
作者コメントに「冬の風の中に健気に佇む水仙」とございます。
これは、風に負けずにじっと佇んでいる水仙というニュアンスですよね。
ところが、句では他動詞「揺らす」によって、
「風揺らす」=風が水仙を揺らしているという意味の解釈になり、
「健気に佇む」との作者コメントと反対方向の描写になっております。
静かな「綻ぶ」と動きの強い「揺らす」がぶつかり、
句全体の調和が崩れてしまいます。

③について。
前栽という事は庭ですよね。
奈良県天理市に地名「前栽」(同名の急行停車駅も在る)がございますので、
念のための確認でございます。

前栽とは「庭に植えられた草木や植え込みの事」を意味する単語でございますので、
庭に風が吹くのは自明の理(当たり前の事)でございます。
風が吹けば水仙は揺れますので、「揺らす」とは書く必要がございません。
冬の風は強めに吹く事が多いですので。

上記を踏まえて、私めからの添削案は以下でございます。

・水仙や庭華やかに綻びぬ

上五で主題「水仙」をハッキリ明示させます。
前栽だと4音掛かりますので、庭の2音に節約。
白、黄、ピンクなど色が様々ありますので、「華やかに」で具体的描写が
分かりますし、「綻ぶ」も前を受けて「つぼみが咲いた事か」と
読者に伝わります。完了の助動詞「ぬ」でダメ押ししていますので。

難しい事なさろうとし過ぎている意識が先行している様な印象でございます。
もっとイージーにお考えになり、まとめますと良いのではないでしょうか。

イサクさん、おかえさきこさん、独楽さん、慈雨さん、頓さん、春の風花さん、
晩乃さん、めいさん(以上五十音順)他、多くの方から様々なご意見が
寄せられると事と思います。
それらから1つずつ学び取って、ご自身の作句・推敲の糧にしていかれると
良いのではないかと私めは思いますよ。
私めの意見・指摘もその中の一つとしてご参考いただければ幸いです。

以上でございます。お目通しいただき、感謝いたします。
 

点数: 1

「一張羅身の丈を越え静電気」の批評

添削した俳句: 一張羅身の丈を越え静電気

 
こんばんは。貴句、拝読いたしました。

まず、「何がどうして静電気なのか」が少し伝わりにくい点が気になりました。
「一張羅身の丈を越え」は、
・無理して買った立派な服
・袖や裾が長過ぎる服
上記どちらにも読めますので、読者が迷い易く感じられます。

また、その直後に「静電気」が置かれておりますため、
服との関係や出来事の流れがやや掴みにくい印象でございます。
(連用形「越え」の先に省略されている動詞が「ある」「帯びて」「まとい」など
複数想定できる点も影響しているかと存じます。)

さらに、静電気とは厳密には「物体が帯びた電気的偏り」を示す語であり、
手がパチンと痛むのはそれが「放電される瞬間」の現象でございますので、
状況によっては「雷の気配?」といった誤読が起こる可能性もございます。

例えば、「長い袖がこすれて静電気が走る」など、服と静電気の繋がりが
もう一歩だけ見えると、情景がより掴み易くなる様に思いました。

衝動買いへの「喝」というテーマはとても魅力的でございますので、服と静電気の
関係が少し補強されると、さらに伝わり易くなるのではないでしょうか。

私めからは、以下の添削を提案いたします。「身の丈を越え」と書かずに、
読者に「背伸び」を自然に想像させる方法でございます。(上五字余り)

・一張羅の伸ばす手パチン静電気

「伸ばす手」は「背伸び」や「見栄」を象徴いたしますので、
作者コメントと実景が自然に二重化されるのではないかと存じます。

イサクさん、おかえさきこさん、独楽さん、慈雨さん、頓さん、春の風花さん、
めいさん(以上五十音順)他、多くの方から様々なご意見が寄せられると
思います。
その中の一つとしてご参考いただければ幸いです。

以上でございます。お目通しいただき、感謝いたします。
 

点数: 1

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