「カット耳穏やかなりぬ猫の恋」の批評
村井もこりさん、こんばんは。貴句、拝読いたしました。
カット耳で去勢手術には辿り着けても、句面たけで読者が保護活動まで
辿り着けるかと申しますと、正直きびしいのではないでしょうか。
そして、プツ、プツと切れて意味上の三段切れになっていますよね。
上五、中七、下五を全て足し合わせて1つの景、1つの感動が読者に伝われば
成功ですが、情報が三方に散ってるんで1つに収束せず、
季語
が宙に浮いて効いてこないんですよね。
三段切れの江戸時代からの名句、ご存知かもしれませんが念の為挙げますね。
山口素堂作 目には青葉山ほととぎす初鰹
上記も意味上の三段切れ且つ季語3つの季重なりですが、
三方向(視覚、聴覚、味覚)からの初夏の照射になっていまので、成功しています。
作者コメントにお書きの「保護活動」をお入れになる方が良いですよ。
私めからの添削
提案は、語順の入れ換え+中七の措辞の変更です。
具体的には、季語から。
・猫の恋保護活動のカット耳
これで、ハッキリ「保護活動」と読者に伝わり、季語から入っていますので、
最後がカット耳のアップで終わりますよね。
読者の感情の余白も持たせる事ができます。
今までの貴句、全て再拝読させていただきました。
正直に申し上げますと「飾り過ぎ」。「書かなさ過ぎ」。
余白(読者の楽しみ)と空白(作者の手抜き)は別物です。
もっと素直に実直にお詠みになり、作者オンリーワンの感動の核が
読者に伝わり易く、景を立ち上げさせられる様に丁寧に
パッキングなさる事をお勧めいたします。
「国語辞典、古語辞典、歳時記
の3点セット」を、推敲・鑑賞の際に何度も開いて
調べ、確かめる事が大切です。
調べる習慣を付けないと知ったかぶりになっちゃいますので。
「知ったつもり」ではなく「理解し尽くす」お気持ちで調べ、確かめる。
作句も鑑賞も、コツコツ地味な努力と研鑚が必要ですね。
また、鑑賞は印象ではなく句面の語義が最優先。無になって観る事ですね。
感情は、鑑賞にバイアスを掛けてしまいます。なので、無になって鑑賞なさる。
そこから立ち上がった景に作者だけの感動が客観的に在るか、無いか。
それが、空疎な句かどうかの見極め要素です。
村井もこりさんのアンテナが全方向受信なのか、心地好いものだけ受信なのか。
それによって、成長速度は違ってくるでしょう。
以上でございます。お目通しいただき、感謝いたします。
添削のお礼として、みつかづさんの俳句の感想を書いてください >>
うちの近くの川沿いに野良猫が多数生息していたのですが、地域猫活動により、子猫は見なくなりました。
数も減った様で、野良猫のあのうにゃーおーという声も聞かれなくなりました。
保護活動していらっしゃる方、大変だったろうと思います。