「サイダーに陽の溶けたるや石鹸玉」の批評
こんばんは。貴句、拝読しました。
長文、お含みおきください。
上五の助詞「に」の訳し方、迷いました。
と申しますのは、手持ちの『ベネッセ全訳古語辞典』で意味を調べましたところ、
格助詞用法ならば7つの意味を持っており、接続助詞用法ならば3つの意味を
持っており、俳句
では殆ど見掛けませんが、
希望を表す終助詞用法もございます。
消去法で「格助詞用法の①か④のどちらかではないか?」と辿り着けますが、
「作者に寄り添う訳し方はどちらだろう?」は正直、自信ありません。
意味を抜粋しますね。
①(時・場所・方向・帰着点・対象・結果・比較゜などを表し)
…に。…で。…の方へ。
④(比喩・資格・地位を表し)
…のように。…として。
①でしょうとは思われますが、④も在り得なくはない訳です。
現代語訳を試してみましたところ、助詞「や」も用法3つありますので困りました。
・サイダーに太陽の熱で泡が溶けている事だなあ。石鹸玉(のように)
→間投助詞用法(詠嘆・強調・呼び掛け)
・サイダーに太陽の熱で泡が溶けているのか? 石鹸玉(のように)
→係助詞の問い掛け、疑い用法
・サイダーに太陽の熱で泡が溶けているのか? 石鹸玉(のように)。
いや、そうではない
→係助詞の反語用法
どれもが成立してしまいますので、「作意は一体どれなんだろう?
正直分からない…」と読者は混乱に陥ってしまいます。
以前も申し上げましたが、季語
のおさらいです。
サイダー(三夏・生活)、石鹸玉(三春・生活)。
両方とも生活の季語での季違いですので、そもそも「重ね合わせて成功させるのが
とても難しい組み合わせの札を取ってしまった結果」の破綻でしょうか。
以下は私のnote記事からの抜粋です。独自に理論体系化いたしました、
「季重なり・季違いが破綻しない要件論」です。季語2つの想定ですけども、
私の例「ゆく夏や蜩交じる蝉時雨」でしたら、季語3つで以下の②を
「主(晩夏・時候)、従(初秋・動物)、従(晩夏・動物)」で満たしております。
①片方の季語は、季語として使っていない(比喩、地名としての使用など)
②季語に強弱関係があり、季節感が明確(季語の強弱、主従)
③季語Aと季語Bが同時に働き、AとBが足されて良さが増している
(季語同士の相乗効果発揮)
④季語Aと季語Bのうち、どちらか一方でも欠けると面白くない
(季語同士の下落防止効果発揮)
⑤全く同じ季語を形を変えずに繰り返す
(そもそも、①と⑤は季重なりなのか?との疑問の余地はありますが、一応)
また、③の成功、失敗の判断は、以下の例えで書き表す事ができます。
・季語Aが牛乳、季語Bが紅茶
→混ぜるとミルクティーになり、美味しいので成功
・季語Aがミックスジュース、季語Bがコーヒー
→混ぜると得体の知れない不気味な液体となり、めちゃくちゃマズいので失敗
・季語Aがミネラルウォーター、季語Bが水道水
→混ぜても普通の水。殆ど味が変わっていない、無意味な行為なので失敗
上記を踏まえた上で、古語辞典と歳時記
で語の本質を紐解きながら
季重なり・季違いに挑まれると、成功確率が大幅に上がるのではないでしょうか。
このサイトで、2年目にしては季重なり・季違いの句を私はソコソコ
詠んでいる方だとの自覚がございますが、どなたも指摘なさらないという事は、
『俳句添削
道場』においては少なくとも、「成功とまでは言い切れないけど、
失敗との判断もされていない」との客観的判断には至れております。
ご参考までに、ご覧いただければ幸いです。
以上です。お目通しいただき、感謝を申し上げます。
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皆さん、添削、ダメ出しありがとうございます。
アドバイスを受け、一つ前の句を直しました。
品詞分解が苦手で、正しい文法がよくわからなかったので、ご指摘いただきとても助かりました。この句に関しましては、文字だけを見たときにどのように読み取れるのかが気になっていたので、そこも教えていただけると嬉しいです。