稲消えて集落の灯の近さ知る
作者 柴倉今朝吉 投稿日
コメント(俳句の意味。悩みどころ)
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「稲消えて集落の灯の近さ知る」の批評
回答者 独楽
はじめまして。
俳句のもっとも基本的なことに沿ってコメント申し上げます。
俳句はなにはさておき、感動の中心、すなわち何にもっとも感動したかを伝えるものだということをお伝えしたいです。
感動の中心は季語、それと並んでもう一つのテーマというのがよくある形です。
さて、御句ですが、素直に読んで集落の灯りに先ず感動、それは伝わります。しかし肝心の季語の稲が刈り取られてしまい、目の前に存在しないとい句であるため、綺語が弱いあるいは季語のない句との評価もあるかもしれません。
稲が消えるではなく、季「稲刈」で句意は一変します。
稲刈りをしました今年も豊作で嬉しいなと感動で一呼吸。
ふと目を移すと集落の灯も明るい、
と二度の感動という構成で一句かと思います。
もう一つ、何がなにしてなんとらや、の説明調も卒業してくださればと。
「稲刈や里の灯りの近きこと」
ながながと失礼しました。お役に立てれば幸いです。
点数: 1
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稲刈りが終わり今迄遠く感じていた
隣家の灯りがそう感じました。
忙しくて感じなかった風景や、隣家を
思って。