「散る桜塵となりつつ地の肥やし」の批評
回答者 イサク
こんばんは。
「散る桜」は「落花」の傍題ですが、同じく「落花」の傍題で地に落ちた花びらを愛でる「花の塵」「花屑」という季語があります。
この内容でしたらその季語ででほぼ風景が出ますね。
また、散った花びらが分解されて・・・というのは頭で考えた理屈で、そこに風景はあまりありません。
季語である「散る桜」つまり「落ちる花びら」「落ちた花びら」をどのように感じたか、というのを出していくのが確かに俳句なのですが「これから肥料になるなあ・・・」では詩がないですよね・・・
いや別の意味で詩になるかもですが、肥料になるのは「落ち葉」「枯れ草」でも同じですしね・・・
卓鐘様の言うとおり、今の季節を季語を用いて表していく、のが基本だと思うのです。未来の別の季節のことを入れるのは、十七音では難しいように思います(できないとは断言しませんが、かなり高度な技術だと思います)。
・公園を埋め尽くすごと花の塵
点数: 1
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桜の花もいつかは肥やしになる。