「指折りて二色足らずや虹薄れ」の批評
回答者 北野きのこ
なおこさん初めまして。
句の感想を述べさせて頂きます。
どうぞよろしくお願いします。
「私にはどうしても虹は五色にしか見えない」とのコメント、とても面白いと思います。
俳句ポストにも「虹に何種類の色を見出すかは国や文化によって様々」という様な記述がありましたし、
「私にはこう見える!」という感覚の独自性を句の前面に押し出すべきだと思います。
また指折り数える様子を描写する事で場面にリアリティが生まれていると私は思います。
「私の国では虹は五色と言われているのです」
ではなくて、
「今私の目の前に虹があります!数えてみたら色は五種類でした!」
と言っている訳なので臨場感がずっと増すのだと思います。
この独自性と臨場感を大切にするのであれば、「数えた結果5色だった!」という瞬間に限定して描写を推敲すべきではないでしょうか。
俳句ポストの選者の夏井先生が以前
「短い俳句の音数の中に時間の経過を詠み込むのはとても難しい事です」
とおっしゃっていました。
掲句の下五の「薄れ」は読者の脳内に時間経過を想像させると思います。
「美しいはっきりとした虹を発見したので色を数えてみた」
→「数えてみたら五色でした」
→「そうこうしてる間に虹が薄れてきました」
という風に。
ここを推敲すべきだと私は思います。
指折れど二色足らずや遠き虹
指折りて数えど虹は五色なり
なおこさんの発想からは遠ざかりますが、何色が見えないのかはっきりさせるのも一つの手かな、と思いました。
橙と藍は無いよと虹睨む
点数: 3
添削のお礼として、北野きのこさんの俳句の感想を書いてください >>
いつもありがとうございます。
俳句ポストに初めて投句し並選だったものを直してみました。
投句したものは、
虹一つ七色数え薄れゆく
です。私にはどうしても虹は五色しか見えないので…
どうぞよろしくお願いします。